第4話 人生も捨てたもんじゃないって俺が思わせてやる

「やったか……?」

 浅蔵はダイヤモンド・サーチャーで盾を構えながら、煙渦巻く爆心地を確認する。

 しかし、そこに漂う影が一つ。

「くっ――避けろ!」

「え?」

 浅蔵の声が聞こえた瞬間、眼前には黒騎士が左腕から放つ、黒い濁流が迫っていた。すぐさまルビー・エスクワイアに防御を命令するも――間に合わない。

 黒い濁流に巻き上げられる土と雪、空気すらも濁流に巻き込まれ、ごうごうと音がし、身体が吸い込まれる。全てがスローモーションに感じられ、身動きできない。

(やっぱり迷ったのがいけなかった……!)

 意志が槍に乗っていないのが直感的に理解できた。

 黒の奔流は視界を覆い、凛那の瞳には星空もビル明かりも見えない。

 そこにあるのは漆黒の闇だ。

 しかし不思議な事に心は死に直面しての恐怖を感じていなかった。

 重圧から最も簡単に逃げ出す方法――それは戦って命を投げ出すこと。

 これなら誰も自分を責めないし、仕方ないと言ってくれるはずだ。

(誰かを犠牲にしてその重圧を背負って生きるよりは、良い事なのかも……ね?)

 私がこの世に残っても、迷って逃げ道を探すばかりで結局何も出来ないだろう。

 なら誰かに迷惑をかける前に、この舞台から退場したほうが誰かのためになる。

(それが一番私が役に立つ方法かもしれない)

 凛那は諦めを抱いたまま、この世を去る事になる。

 それが自分にとっても、誰にとっても良い事だと信じ込ませて。

 

 だがその時は訪れない。


 数秒待っても暗黒の濁流に飲み込まれる事はない。

 そっと瞳を開けると、目の前には黒いパーカー姿のただの人間が立っていた。

 しかも凛那の方を向いて。

「いやー、泣きそうな女の子には弱いんだよなあ、知らん人でも」

(あれ、この風景――――――――――どこかで?)

 記憶を探る間もなく、彼のうめき声で我に帰る。

 同い年くらいの彼は長い前髪で左目辺りが隠れている。そのせいもあって表情は分かりにくい。にっと口元を釣り上げて笑う姿は、この場にはあまりにも場違いだ。

 そして彼の手は凛那を強く突き飛ばす。

「きゃ」

 地面に尻持ちを付きルビー・エスクワイアの展開が解かれる。すぐさま彼を見上げると、そこには黒い奔流を笑いながら全て背中で受けきった男が立っている。

「人生も捨てたもんじゃないって俺が思わせてやる、よ――」

 ニヤッと笑いながら気を失い、前のめりに倒れてくる。慌てて彼を受け止め、息があることにホッとする。そしてすぐさま黒騎士の姿を探すが、もう四桜公園に甲冑姿は無かった。

 浅蔵と凛那はその場に立ち尽くし、黒騎士が消えたであろう都市部を見つめる。

 街は今日も静かで、何処か遠くで車の音が聞こえる程度だった。

 月明かりはなく空には厚い雲が掛かっている。

 どうやら今夜も雪は降り積もりそうだ。

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