見た目って……その⑤

 それぞれに過酷な訓練を経てきたであろう参加者たち。その全員が将来のエリートになり得る猛者だった。

 その中の数名だけ、つまり競争を勝ち抜いたほんのわずかだけが、望みを叶えることを許される。

 敗者は退場する。

 舞台から。

 もしかしたら、この世からも。


 船のモニターから見るルニアは、緊張のためか表情が硬かった。

 けれど、マイヨールとわたしは知っていた。頭でっかちだった少女が、たくましい挑戦者に成長したのを。


 スタート直後、ルニアは先頭集団を走ってはいなかった。

 しかし、並木道にさしかかり、彼女が長い手足を大きく振りはじめると、筋骨隆々のライバルたちは次第に脱落していった。


 湖では誰よりもスマートに潜水と浮上を繰り返し、貝殻をかみ砕き続けた。

 みなが戸惑うなか、全てのポイントで何の躊躇もなく年代を分類し、チェックを済ませた。


 高山登頂では、体格のいいライバルたちが苦しむ横を無表情に進んだ。

 頂上に到達して折り返し、坂を猛然と下り、最終のステージすなわち夕陽の海岸にたどり着いたとき、ルニアはトップテン内にいた。

 儀式のほんとうの正念場はそこからだった。


 そこからだったが、彼女の体力は終焉を迎えていた。


 双子の太陽がそろって水平線に沈もうとしていた。

 深い茜色に包まれた海岸は、ルニアの敗北の場所となった。

 ふるいにかけられて残ったライバルたちの圧倒的な腕力。それに加え、屈強なアゴにきらめく、おびただしい数のキバ。ろくに抵抗できない小娘を、それらが簡単にほふった。

 夕闇の波打ち際で、彼女はうつ伏せに倒れた。

 私たちのルニアは、レースを終えた。





 マイヨール! 

 応戦する技をなぜ教えなかった! 時間はあっただろう!

 血みどろで伏したルニアを目にした時、わたしは激しくくってかかった。

 

「彼女自身が望まなかった。ライバルに噛みつくなんて絶対にしないといった」


 それは知っている。

 けれど、それじゃあ負けに決まっているだろう。

 彼女を説得するべきだった。

 おまえには心底がっかりだ、マイヨール。たしかにおまえは連合のエースだった。不可能なミッションなどないナンバーワンの調査官だった。だが、今回は決定的にツメが甘かったな。


「そうかな」


 不思議に満足げなマイヨールは、モニターに見入った。

 ルニアはピクリとも動かず、もう命を落としたものと思われた。身体じゅう血塗られて傷だらけ。長く美しかったシッポは、食いちぎられて跡形もない。


 マイヨールへの怒りが再び込み上げたときだった。

 ルニアが立ち上がった。

 たいそう疲れた表情ではあるが、しっかりとした足どりで歩き始めた。


「応戦してキバで噛み返す練習はしなかったよ。だが、攻撃されてもいい部分を犠牲にする訓練と、死んだふりをする演技リハーサルは、抜かりなく行った」


 そうか! 

 その作戦は理にかなっている。


「シッポが有効に使えることは分かりきったことだろう、シグナトリー。彼女たちはトカゲそっくりな形態なんだから」


 シッポ切りは、明らかに有効だ。

 だがしかし、私がメンテナンスで意識がないあいだに、ふたりでそんな作戦を立てていたのか? わたしの通訳なしで?


「この惑星に来て2ヵ月にもなる。言葉を話せるようになってもおかしくないだろう」


 そうだった。おまえはセーガン評点500以上をマークする驚異の変異体だったな。おまえの頭脳にかなう人間は、銀河オリオン腕にひとりもいないな。

 だがな、マイヨール。作戦は立派でも、結果が伴わなければ失敗だ。立派なシッポを失った末に得るものなく退場では、全く意味がない。


「きみも見た目ばかり気にする者たちの仲間か?」


 その声は張りのあるバリトンだった。


「彼女が儀式で望んだこと。それは、せいいっぱい努力して先頭近くを走り、賞をもらわずとも優秀な成績を残し、親を満足させ、最後は生きて帰ることだった。競争を勝ち抜いてエリート認定を受けることではなかった」


 私が無言でいると、相棒は澄んだ声で続けた。


「一時的にハクが付いても、人生が成功で終わるとは限らないだろう? 今日の入賞者が後にすばらしい事をなすと、決まったわけではない。本当に優秀な者は、見た目にとらわれない。ルニアは苦しい訓練を経験し、本番を立派にやり遂げ、やりたいことを存分にやる権利を得たんだ。彼女の将来は限りなく開かれている」


 そうだな。おまえのいう通りだ。

 私は、浅はかだったな。


「きみが浅はかなのは、しょうがない。リモコンには人格ソフトウェアしか搭載できないからね」


 ああ、くやしいぞ。

 だが反論があるはずもない。

 お願いがある、マイヨール。この機会に、もう少しキャパのあるヒト型ロポットあたりに引っ越しさせてはもらえないだろうか。リモコンから卒業させてもらえないだろうか。


「私は、じつは見た目を気にするたぐいの人間なんだ。きみの真っ白な躯体は、人形などより数段カッコいいと思う。どうかそのままでいてくれ、シグナトリー」





 ルニアが森の中に消えるのを見届けてから、私たちふたりは空間跳躍でこの世界を離れた。

 彼女に祝福の赤ワインリゾットをごちそうできなかったのが、ただ心残りだ。






見た目って……おわり






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