見た目って……その③
*
訓練内容。
走りまわる。
そして、見てまわる。
「彼女の脚は非常にしっかりしている。運動につき合うのはひと苦労だ」
と、マイヨール。
当たり前だ。ルニアは、おまえのような普通の人間じゃないんだから。
「コツを教えるについては、問題ない」
そうはいっても。
ずっと続く平原。遠くの湖。けわしい山。それらを越えた、もっと先の海岸。予習と称して、彼女がその脚で行けるところに全部行くのだ。
人間が同行するのは不可能だ。脚力に差がありすぎる。
で、マイヨールは自分の下肢に動力補助装置を埋め込んでしまった。
そこまでする必要はないぞ、おまえはエリート連合職員だぞ、と説教する私に、彼はいった。
「果てしない流刑のなかで永遠に続く平凡な時間という責め苦を、わたしに押しつけるのだな。リモコンはいいな、退屈を感じなくて」
そうじゃない。おまえは銀河オリオン腕で15人しかいない調査官なのだ。その中でもたった3人だけの寿命がない1級調査官なのだぞ。その価値というものは——
「ルニアは大事なお客だ。彼女が来てくれなくなったら、売り上げの半分近くがなくなるぞ」
正しい。
数字の観点からも。
それ以外からも。
家庭教師を雇う金などない貧しい家に生まれた、身も心も美しい少女。なけなしの小遣いで店に通ってくれて、突拍子もない料理を美味しいといってくれる。
わたしだって、大好きなルニアが身体じゅうをカジり取られ、血しぶきを上げて死ぬ姿など見たくない。
よし。この際、ビストロは開店休業でいいぞ。家庭教師代もタダでいい。もともと金を稼ぐ必要はないのだ。
*
お互いのまわりを30億年のあいだ周回し続ける、ふたつの恒星。この先も同じ時間、同じことをするだろう。
その双子の太陽神が青い空に高く登っている。
恵みの光線がさんさんと降りそそぐ地上には、紫色をした葉っぱのようなものを茂らせる、植物のような背の高いものが、たくさんそびえている。
道の左右、ずっと彼方まで。
異世界の並木道をマイヨールは走った。時速55キロメートルで疾走するルニアのうしろを。
私?
相棒の胸に持続吸引カップでしがみついていた。
地面を転がって躯体を削られたくはない。
「肘をたたんで、腕を前後に振ったほうがいい」
マイヨールは声をかけた。
「すこし大げさくらいに。それで楽に走れるはずだ」
素直な生徒は、その通りにした。
「ほんとだ、チョーらくちん。もっと早く走れるわよ」
彼女は時速70キロにアップした。
「急に止まるときは、転んでしまったほうがいい! 踏ん張ると、下肢を痛める可能性がある!」
必死に後を追いながら、マイヨールはサジェスチョンした。
「やだ、そんなの、キュッと止まるわ。あたしバスケ部員だから大丈夫! ヒャッホー!」
この世界のバスケットボールとは、おそらくあれのことだな、丸まったアルマジロのような生き物を空中に放り上げて取り合いするやつ、と思っていると——
ルニアは急に止まった。キュッと。
と同時に大きな音がした。
その後に彼女が横転するさまは、21世紀太陽系地球のカーレースにおけるクラッシュ映像のようだった。
全身打撲および挫創、裂創。足関節と膝関節の脱臼および解放骨折。その他もろもろ。
儀式の日まで時間がないので、船まで昇って治療することにした。
私たちの船は、ステルス状態になって空高く浮かんでいる。そこには、人類とその機械が24世紀までに獲得し得た技術の粋が存在する。
ルニアは48時間後には復帰し、トレーニングを再開した。
次は湖だ。
〜見た目って……その④へ つづく
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