見た目って……その②
彼女は、ルニアという。
ほんとうは「ドゥルーギッ・ニャガー」のように発音すべきなのだろうが、しょせん人間にはムリだ。
高度なAIとしての私の機能が、この地に住む者との会話を可能にしている。
マイヨールの声帯に仕込まれたマイクロセンサーが、彼の言葉を電波にしてリモコンの私に飛ばす。
それをこの土地の言語に翻訳し、私は白い躯体を振動させて音声を響かせる。
もちろん、ルニアからの言葉も翻訳して、マイヨールの耳の奥に仕込んだインナーイアフォンへ送る。
私たちふたりが今いるこの惑星が、慣れ親しんだ宇宙の片すみにあるのか。それともここは、あまたに存在する平行宇宙のなかのひとつなのか。
それを知るすべはない。
マイヨールと私は空間跳躍をくり返し、見知らぬ土地をめぐる定め。はてしない旅を続け、罪を償う流刑だ。
ルニアは、ひとしきり泣くと落ち着いた。それから彼女が注文した料理は、やはり赤ワインリゾットだった。
注釈しておくが、ここでいう「赤ワイン」というのは、太陽系地球発祥の偉大なアルコール飲料ではない。そこらへんの沼に生息するナッツに似た赤い何かを、石臼ですりつぶしてから発酵させたものだ。この地ではポピュラーなモノらしい。また「リゾット」のほうは、植物のような生き物の、種のような卵で作る珍味だ。
このふたつを組み合わせた料理は、この土地にはないようだった。
「めずらしくて美味しい食べ物に、お客は寄ってくるよ」
マイヨールは自信たっぷりだったが、喜んでくれたのはルニアだけだった。
私は彼に同情する。なぜなら、その昔に作ってくれた本物の赤ワインリゾットは、文句なしのひと皿だったからだ。
「いつ食べても最高だわ、これ」
常連の娘は口に運びながら、うっとりしている。
「ありがとう」
微発泡天然水を片手に、われらがシェフはテーブルまで出ていった。
「パルミジャーノのコク、赤ワインの果実味とタンニン、ブラックペッパーのキレ……。食材たちが奏でる美しいハーモニーの世界へ、また舞い戻ってくれたね。お帰り、ルニア」
毎度、歯が浮くセリフだな、マイヨール。
ちなみにパルミジャーノが指すものは、集合してワックスなみに固くなるアメーバ状の生物。ブラックペッパーは、よくわからない何かを燃やして得られる小粒。
私の懸命な翻訳が、お客との交流をみごとに成立させていることを、死んでも忘れてほしくないものだ、マイヨール。
「儀式なのよ……」
ルニアは、もらした。
「……選ばれた者たちが、成人する前に通過すべき、忌まわしいもの」
「柔軟な考えを持った少女には、ふさわしくない行事なのだね」
「伝統的なものを無闇にバカにするほど、あたしは尊大じゃない。けれど、これだけは受け入れられないわ」
彼女はシェフを見上げた。
自分を保ち、しっかりとモノをいう少女は、私たちのお気に入りのお客だ。
この世界に来て、まだ1カ月の料理人は問いかける。
「それは、どんな儀式?」
「みんなで何時間も走りまわるの。そしてみんなで何時間も、そこらじゅうを見てまわるの。そして最後に戦って……」
美少女は目を閉じた。両手が握られている。
「戦って、身体を食べ合うの」
私の翻訳に誤りはない。
「かじり取られてしまうのよ。生きていたとしても、本来の姿ではいられない。あたしのためだと親はいうけれど、そんなのおかしい。間違ってる。あたしがしたいことは、そんなことじゃない!」
ふたたび湧き上がってしずくとなった涙は、したたった先で料理の味のバランスを崩しただろう。だが、マイヨールも私も気にしなかった。
「醜い姿になることが、生きていく上で有利になるのよ。ハクがつくのよ。エリートの証なのよ。みんな見た目ばかり気にしてるの!」
*
やめたほうがいいぞ。
インナーイアフォンへ向けて、わたしは当然の忠告を届けた。
しかし、マイヨールは涼しい顔だった。
といっても、私は相棒の顔をしっかりと観察できたわけじゃない。なぜなら、ポケットからすこし躯体を出しただけのリモコンには、それなりの視野しかないから。
彼の代謝解析モニターが私に情報を送ってくれるのだ。彼の心身状態は、おおむね把握している。
マイヨールの主張は、こうだ。
「彼女を、それなりに助けるだけだよ。この土地の儀式を台無しにするつもりはない」
ちいさなビストロのシェフは、ルニアのコーチになった。
きっと必勝請負人のつもりだったに違いない。
〜見た目って……その③へ つづく
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