マイヨールとシグナトリー(元調査官と白いリモコン)
瀬夏ジュン
見た目って、そんなに大事?
見た目って……その①
私の名はシグナトリー。
リモコンだ。雪のように真っ白い直方体。
といっても、ついこないだまでは真っ黒いメモリの中にいた人間だ。
いや人間といっても、じつはソフトウェアで形成された人格なのであって、銀河オリオン腕連合の上層部の意向で……。
説明すると長くなる。昔は生身の人間だった、とだけいっておこう。
私の話し相手になってくれる男がいる。私をポケットに入れて、いつも携帯してくれる男。
その名はマイヨール。
現在はビストロのオーナーシェフだ。
いや、じつは私の同僚で、オリオン腕連合調査部の調査官だ。だれもが知るエースだった。
私とマイヨールは、とある惑星の駐屯基地で共同責任者をしていた。だが、あるとき罪を着せられ、一緒に流刑の身となった。というのも……。
まあ、よく覚えていないし、長くなるので、またあとで。
とにかく、さしあたって問題なのは。
来るなりテーブルに突っ伏したままの、常連のお客さまなのだ。ピクリとも動かない。
いつもなら大口をあけて「赤ワインリゾットと、ピクルス大盛り! いちばんおいしく作って!」などと注文してくれる、明るい女の子なのだが。
なにか深刻な悩みでもあるのだろうか。
「見た目って……」
彼女はようやく声を出した。
あらわにした二の腕をまっすぐ伸ばし、その上に頭をのせたままだ。
「見た目って、そんっなに大事?」
「ということは、どうやらこの土地では、外見が重視されるようだね」
厨房からの返事は、ぜんぜん答えになっていない。
けれどその声は若々しくてつややかで、張りがあった。ゆっくりと明瞭な発音は、なぜだか聴く者を落ち着かせる。
身内ながら、いつ聴いてもほれぼれする。さすが元オリオン腕連合のエース調査官だ、マイヨール。
いやそんなことより、お客にタメ口を使うおまえには困ったものだ。いくら注意しても直そうとしない。そんなだからお客が来ないんだ。
まあ、私も改ざんしないでそのまま通訳しているのだが。
「どうせ見た目が大事。この世の中、みんな中身なんてどうでもいいのよ」
呪うように言葉をくすぶらせる彼女は、いまだ伏したままだ。
「きみの内面は、つややかでうつくしい外側よりも、はるかに魅力的なのにね」
マイヨールは厨房から頭だけ出した。端正な顔つきを昼時の光が照らす。明るい茶色の髪と白い帽子のコントラストが際立つ。
悪いな、マイヨール。くどき文句を投げかけても、そのすばらしいバリトンは生では彼女に届いていない。この土地の言葉に翻訳して、かわりに私が出す音声は、おまえの声を打ち消しながらお客の耳にピンポイントで届く。
まあ、合成した音声は本物そっくりではあるが。
そんな事情のあるマイヨールの言葉だった。
だが、彼女は顔を起こした。
「シェフの、そーゆーとこ好き。自分の中身がいいなんて、うぬぼれてるあたしに、猛省を促すというか」
「そんなつもりじゃないよ。ほんとうに、そう思っているよ」
だから、お客にタメ口を使うな。親しい間柄みたいじゃないか。
「親しい間柄のきみだからいうけれど、中も外もきれいなのは、なんの問題もないよ」
彼女はじっとマイヨールをみつめた。すると、彼女の大きな目から涙がひとすじ流れて落ちた。
「感激して泣いてるんじゃないの……」
口もとが震えているように見える。
「……あたし、怖いの」
〜見た目って……その②へ つづく
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