ep.3 饒舌

 編入初日の授業、特に違和感なくクラスにとけ込めたと思う。それも、異常なほどに。

 クラスでの席は名簿順に2列という感じで、名簿の順番的に1番前の窓側という教師による監視体制が最も厳しい場所にいた。

 自己紹介の挨拶も全て一番初めに行った。だが、何一つザワつくことは無くつつがなく時間が過ぎていった。

 友達の少ないらしい有栖と一緒にいるからとはいえ、このリアクションの少なさは何かおかしかった。


「なぁ、有栖。このクラスというか、学校って常にこんな感じなのか?」

「こんな感じって?」

「その、突然現れた俺に無関心というか何と言うか……異物に対して鈍感過ぎないか?」


 ここは少なくとも軍の関連施設。入学式よりも前に入寮し、1ヶ月は先に知り合っているはずだ。そこに突如として知らない人間が来たにしてはこのクラスの者達は無反応過ぎる。

 しかし、その発言に有栖も確かにという反応はせず、「あぁ、そのことかぁ」と1人納得のいった様子頷いている。

 しかし当の本人は一切分からないので、とてもむず痒い。


「そもそも1人遅れて来ることは前もって知らされていたし、中等部上がりも多いから途中入退場者こういうのに慣れてるのよ」

「なるほどな。まぁ、変に浮くよりは良いけど」

「そんなに心配しなくてもに昼休みに嫌となるくらい根掘り葉掘り聞かれるわ」


 そう言われるとなんだか不安になってくる。これまた何故かを有栖1人で納得してしまい、何も教えてくれやしない。何度聞いても「お楽しみよ」の一言で取り付く島も無かった。



***



 軍士官学校と言っても入学を許されるのは義務教育を修了している事、数え年で16歳以上になる者のみ。つまり、高校の代替みたい場所なので教養のため普通に授業はある。

 1時間目から3時間目までは通常の授業。お昼を挟み、午後からはいよいよ軍としての育成が始まる。

 1時間目から3時間目までの退屈な授業を終えて、待ちに待った昼休みを迎える。……はずだったのだか別の場所で違う意味での地獄をみていた。

 1年次には編入生も多くいるのでオリエンテーションが行われる。その為、その3日間は特別日程が組まれ、午後の訓練は無しとなっている。そして、普段は実地演習等で学校にはほとんどいない3年もいる。

 食堂は安くて美味いので大人気、普段ですら座れる場所は年功序列順になる。となると、3年生のいる今1年、2年どうなるのかというと自炊か外食を迫られる訳である。


「そこで俺の出番ってわけだ」

「あーっと……君は確か同じクラスの──」

「轟 とどろき かい、中等部上がりの事情通。その情報も信用して良いか微妙な所だけど。まぁ、信頼はしても良いと思うわ。轟、頼むわよ」


 その一言を待ってましたと言わんばかりに「任せな、高秩さん!」と白い歯を輝かせサムズアップで先導していく。

 轟が案内したのは学校から出て10分ほど歩いた裏路地にある定食屋さん。いい感じに古さを醸し出しいて路地の裏側にある老舗の雰囲気があり、人を選ぶお店となっていた。

 ここに来るまでの道すがら、朝に有栖の言っていた事が今になってようやく理解できた。

 といのも、とにかく轟は饒舌だった。自分のこと、今までの士官学校ここへの復帰者・退場者のこと、終いには教官のスキャンダルまで何でもござれとベラベラ喋っていく。そのおしゃべりマシンガンは止まることを知らないのか、店の暖簾をくぐるまでひたすら何かを話していた。


「お邪魔するぜ〜」


 自己紹介の時に、中等部上がりと言っていたので常連なのだろう。店員は「櫂くん、いつもの席空いてるよ」と店の角の席を教えてくれる。


「さて、さっさと頼むもん決めて話の続きをしようぜ」

「私はガッツリ食べようかしら」


 そう言ってメニューを見せてくる。メニューは定番の定食から中華料理と和洋折衷ズラリとあった。どれも美味しそうで魅力的で選ぶのに時間がかかりそうだな程だ。しかしアレもこれもとはいかないので、こういう時用の方法があった。それは中華料理にハズレはない理論だ。

 逆に、有栖はこういう事では悩まないタイプなのかメニューを見るなり早々に決めていた。


「裕子ちゃーん、俺いつもの鮎の定食ね」

「俺は青椒肉絲セットを1つ」

「私はさわらの定食を大盛りで」


 各々カウンターにいる裕子と呼ばれた先程の店員に頼むと「はいよー!」と威勢のいい返事が返ってきた。

 すると、注文が終わった途端に轟の休憩中だった舌が息を吹き返し、またすごい回転で動き始めた。


「青葉って東京から来たんだよな?旧都心って実際どんな所なんだ?」

「まぁ俺のいた所は西東京だから被害は少ないし、最前線でもないからただの農地って感じだな。こっちの方が発展してる」

「なるほどな。んじゃ、次の質問──」


 数時間前、有栖に言われた「地獄を見る」という発言の通りしばらくの間、轟の質問を受け答えをして分かった。予想できたことっだたが、その饒舌な舌は止まることはなかった。それは昼食を食べている時ですら止まることを知らなかった。

 高秩が食事中は行儀が悪いと注意しなければ止まることは無かっただろう。だが、それもつかの間の静寂。昼食が終わるや否やまた質疑応答が始まり、帰り道でさせ永遠と質問責めにあった。


「いやー、収穫収穫。美味しい話をご馳走さん」

「あぁ、もう話す事は何も無いよ。轟に見せてないのは家族と裸くらいだよ……」

「まぁ、ダチの情報は売ったりはしねぇから安心してくれや。それと、これから俺のことは櫂って呼んでくれ。ダチに苗字で呼ばれるのは擽ったいからよ」

「分かったよ、櫂。なら俺のことも武で構わないよダチ公」


 昼下がりの住宅が並ぶ裏道を歩きながら行われる友情劇は強い握手で終わりを迎えた。のだが、1人この状況を快く思わない人物がいた。


「タケル達は楽しそうで良いわね!」


 この男子同士で結ばれた絆の輪に入れてもらえなかったのが少し気に入らなかったのか、有栖は拗ねて1人で先に進んでしまう。


「おい、何に怒ってるんだよ有栖」

「何でもないですよーだ。先に帰ってるから!」


 そう言ってそそくさと先に歩いて行ってしまう有栖。訳が分からずポカンとその場に突っ立っつことになる。

 そこに櫂が追い討ちを仕掛けてきた。


「なぁ、ダチ公。お前と高秩さんとの関係ってどんなんなんだよ。前から知り合いだったり?」

「ん、話して無かったっけ?俺と有栖はルームメイトだよ」


 この一言だけは櫂の探究心を擽るという事は無かった。ただひたすらに男子の心を折るだけの行為に過ぎなかったらしい。好奇心猫を殺すとはこの事か。


「うわー!友人だと思ってたのに、チクショウ!」


 そう言うや否や有栖を抜き去り、櫂は物凄い速さで裏道を駆け抜けて行った。そして今度こそ1人きりでが地にぽつりと立たされている。

 1人でいる事は嫌いではない。外に出るのも嫌じゃない。しかし、問題はあった。初めての土地、初めての道しか無い場所。そう、ここが何処だか分からないのだ。


「個性的なメンツばっかりだとは思ったけど、まさかここまでユニークな奴らだとはな。ははは……」


 とぼとぼと歩き出す。今日中に帰れれば良いなぁという冗談半分混じりの独り言だったが、本気になりそうで恐怖しながら歩くのであった。直線距離だとたった800mの道を……

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