ep.4 鋼鉄の巨人

 見知らぬ土地の裏路地に置いて行かれた次の日。訓練が無いからと言って二日連続サボると体が怠けるので、早朝からランニングをする事にした。朝日を浴び、陽気な音楽を聴きながらするランニングは気分が良い。

 朝日が昇り始める頃にスタートし、シャワーと朝食を考えて早めに切り上げると部屋には一人しかいなかった。有栖はもう朝食を食べに食堂に向かったのだろうか。


「さてと、シャワーでも浴びるか」


 着替えの制服と下着、タオルをもって脱衣所のドアを開ける。玄関のすぐ隣にあるのがシャワールームと脱衣所兼洗面所なのだが、玄関にはまだ彼女の履いている軍靴があるのが見えた。 


「……?」


ガチャ


 という音が、ドアを開けているのに聞こえた。もちろん視線は玄関の方へ向いているのだから開いていないことは確認できる。それに寮と言ってもかプライベートがあるので壁はそんなに薄くはない。

 ということは、だ。いま開いたのは脱衣所のドアか、シャワールームのドアとなる。そして脱衣所のドアノブは現在手の中にあり、開いていることが目視しなくても分かる。

 まぁ、つまりはそういうことだ。生暖かい空気と少しばかりの湯けむりが感じられた時点でもう確定だ。ここまで来たら、毒を食らわば皿まで。もうどうにでもなれだ。

 意を決して振り返れば、そこにはタオル1枚を手にたわわな実りを露わにした有栖がいた。


「あっ……」


 度重なる不運、歴史は繰り返すとはこのこと。一災起これば二災起こるともいう。

キャー!という野太い悲鳴と、パチンという綺麗な張り手の音が早朝の寮内に鳴り響いていた。



***



 事件というのは往々にして、意図しなくても特定の者の元で起こる。あの後、すぐさまやって来た櫂によって広められ、すぐさま何かに屈した櫂の手で終わりを迎えることとなる。だが、未だ噂が消えないのは事実である。

 あの日から1週間程が過ぎた現在、武達は日常というものを過ごしていた。何か変わった事があるかと言われれば、これから始まる1年次の実習機演習が始まる為に格納庫ハンガーからネフィリムが校庭に引っ張り出され、輸送機に乗せられていた。

 校庭の端に3機、実戦を想定したロールアウト前と変わらない灰色迷彩のペイントがされた機体が片膝を着いた状態で置かれていた。

 型式番号JGDF-007 橘花きっか── 数年前まで現役として使用されていた純日本製で空軍採用の強襲機だ。現在は後継機が主流なり、橘花は払い下げとして各地に訓練機として回されてきている。各パーツは後継機の桜花や、陸軍採用のおおとり、在日アメリカ軍の主要量産機であるスーパーセイバー等と互換性のある物を使用しており、流用されることが多い。また、戦場で本体がお釈迦な機体がジャンク屋などが回収、修理され高値で売り捌かれる事も多々あるという。

 しかし、ペイントカラーやカメラ部分、コックピット周りを見ると型が古い。どれもこれも陸軍から倉庫にある邪魔者をどうにかすべく払い出された、見るからに先行量産型機だ。


「じゃあ、青葉。この問題答えてみろ」

「はぇ?あっ、はい……」


 現在は午前の座学の時間。今日は世界情勢とVTTARヴィタールを関連付けた日本の経済事情の話だ。数字の話が苦手な俺は、外のネフィリムに興味を持っていかれてたので何処の話をしているかなんてサッパリだ。隣の有栖も知らんぷりで詰み状態。


「ふむ、無理だと諦めるまでに10秒掛かったな。今のままだと貴様は戦場でいち早く死ぬ。情報判断能力をもっと上げていけ。では高秩、答えてみろ」


 自分に向けられていた視線が有栖に移るのを感じながら、驚きの余りズレた椅子を元に戻して座り直す。

 このクラスの担任を務め、経済学を教えてくれているのは南條 姫乃なんじょう ひめの大尉、彼女は元エースパイロットだ。現在日本に敷かれている戦線は北海道にある日露連合北方領域防衛戦線と、九州の端、鹿児島にある対馬防衛線だ。その西端にある桜島防衛線で活躍した元エースパイロット。彼女率いるストライク・ヴァンガード部隊は一時押されていた九州の防衛線を押し上げて、遂には桜島まで持っていく事に成功した。その時についた異名が"黒鉄くろがねのレーヴァテイン"。今では伝説の部隊とされている。

 数年前の戦闘で致命傷を負い生死を彷徨った結果、長期間及び長時間の戦闘に耐えられなくなり現役を退いたらしい。そんな人がこんな地元に近い関西方面ではなく、中央に程近いここで教鞭を執っているのは少し謎だったりする。

 気が付けば時計の針は授業の終わりを指しており、先の問題を有栖が答え終わると同時に授業の終わりを告た。


「っと、今日はここまでか。午後からは青葉お楽しみの実機訓練が始まる。遅れるなよ」


 終了のチャイムが聞こえると、すぐに授業を終わらせて出ていく。他のクラスに比べて早く終わる1組は食堂で良い席に座れるのだが、今日はその大前提が崩された。

 南條教官は少し行った先で何かを思い出したかのように踵を返して戻ってくると「青葉、私の部屋に来いよ」とだけ言い残してまた戻って行った。


「おうおう、青葉くんはお呼び出しだな。さっきの件もあるしなぁ、怒られるかもだぜ?」

「全く、よそ見をしてるから。私だってカバー出来ない事もあるんだからしっかりしなさいよ」

「怒られるのだけは勘弁願いたいなぁ」


 と、だけ短かく返して席を立つ。呼ばれているのが分かっている2人は「上手くやれよ」とまるで怒られる前提の話をしてきているのは少々癪に障るが、こればっかりは致し方ない。

 南條教官の部屋というのは校舎として扱われてる建物の1階にある担任に振られた部屋だ。主に学校的な側面の事務処理はほとんどここで行われている。そもそも教員の数自体が多くはなく、敷地も校舎もかなり広いので各個人部が与えられたいる。

 覚悟を固めて南條と書かれたプレートのあるドアをノックする。「入れ~」と言われたので開ければ、部屋には火のついたタバコを咥えた南條がパソコンの画面と睨めっこをしていた。


「ん、来たか。そのダンボールに入ってるのがお前の新しいパイロットスーツとコード解除キーな」

「あっ、了解です。ありがとうございます」


 第一声で怒られず、そっと胸をなでおろす。呼び出されたのはこの後にある訓練で使うパイロットスーツと機体のロック解除キーの受け渡しだった。今までは基礎体力テストなどで使わなかったが、実は既に他の人たちは持っていたりする。採寸が遅れた俺は来るのも遅くなったというわけだ。

 タバコで差されたダンボールの中には、対G仕様に設計されたスーツと、ヘッドギア等の必要装備一式、そして六角の半透明な消しゴム程度の長さの物で、機体のロックコードを解除する為の必須アイテムが入っていた。


「それで、お前さんのシュミレーター実働時間どれくらいだ?」

「35時間程です」

「ふむ、まぁ良いか。平均が50時間程度だけど、まぁ実機を動かしても問題無いな」


 そう言って今日の実機訓練の順番が書かれた紙を1枚目見せてくる。

 基本、ネフィリムというのは単座式で出来ている。1人1機でというのが日本の戦場では当たり前なのだが、訓練機と言うとそうもいかない。何しろ実機には初めて乗る連中がほぼの割合を閉めていて、何が起こるか分からない。そのため、訓練機というのは複座式となっている。

 ペアの書かれた紙には俺と有栖がペアとして書かれていた。櫂はルームメイトの荻野とペアとなっている。


「なに、面倒だから部屋組のままペアだ。青葉、私の授業で呆けてた罰だ。代わりに教室に貼っておけな」

「……了解しました」


 ダンボールと紙を渡されて「タバコを吸うから」と、さっさと追いやられ仕方なく教室へと向かう。みんなが見えるようにと黒板のど真ん中に用紙貼った。そして群がってくるクラスメイトを横目に、そそくさと次の場所へと向かう。

 そう目的地は更衣室。男子の所は特に狭く1クラスの男子だけならまだしも、シュミレーターと実機訓練が被ると大変な事になってしまう。このご時世、男は基本戦場へと出払ってしまい数が少なくなってきている。また、女子に比べてやることが少ない。故に小さくなるのも頷けるが、もう少し大きくても良いのでは無いかとつい思ってしまう程の狭さだった。

 初めて着るということもあり、手間どうであろうなんて考えていたが、案の定着方が分からずに大苦戦して、結局昼を食い終えた櫂に手伝ってもらう羽目になった。

櫂に急かされて小走りで演習場に出るとまだ南條すらおらず、男子がたむろして待っているだけだ。


「武、来たぞ」

「何がだ?」


男子たるものを持ってしまうのはさがというもので、このパイロットスーツは結構タイトな作りになっている。防刃機能を備えていて、Gにも耐えるられるためにとこのような仕様になっているが、タイトであるということはもちろんボディラインを露わにするということで──


「なに、武?」

「いや、なんでも」

「はぁ……?」


服の上からでも分かるスタイルの良い有栖はこのパイロットスーツを着ることによって言葉に出来ない素晴らしさを持っていた。

気付いていない有栖を見ていると仕方がないとはいえ、こうも罪悪感に満たされているとどうにも動悸が激しくなる。


「あぁ、死んでも良いぜ…」

「教官として勝手に死なれては困る、なッ」


 という強めに発せられた語尾と共に後ろから来ていた南條教官に蹴りを入れられた櫂から、何故か「ありがとうございます」と言うような言葉が聞こえた気がした。けど、それを気にしてはいけないと直感がそう囁いていた。

 蹴り飛ばした櫂を気にも止めず、南條教官は素早く並ばせると説明を始める。


「実機訓練は基本ツーマンセルで行う。ペアは既にこちらで決めてあるのに従ってもらう」


 そう言って紙を止めてあるクリップを回していく。一体クラスには貼らされた紙は何だったのかと思いながらもクリップを確認する。


「ペアは有栖だな、宜しく頼む」

「任せなさい。それよりも、授業中さっきみたいにボーッとしてたら今日の夕飯当番は貴方だからね」

「はいはい、分かってるよ」

「"はい"は1回」

「イエス、マム」


 コックピットに足をかけながら後ろの有栖に了解と軽く手を振る。

 胸部のコックピットから入るとどれもこれも国際規格である為に簡易化、簡略化されていて有栖と武、2人分の解除キーを承認するとハッチは閉まり始める。二重のハッチが完全に閉まり、ロックが掛かると180°あるモニターの正面にALL Readyの文字と、スーツに装着されているヘッドギアから網膜に投射された後部の有栖の顔と外の南條の顔が映しだされる。


『各機準備は大丈夫か』

「青葉・高秩ペア機オールグリーンです」

『よーし、全機オールグリーンだな。じゃあ、確認でき次第に各機立ち上がらせろ』


 南條からのオッケーサインが出たのを確認して、操縦桿を握る。関節を唸らせ、鋼鉄の巨人が地面に降り立った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る