ep.2 高秩有栖という少女

 ──40年前、突如空から落ちて来たのは運命的な美少女や、奇跡的な隕石では無かった。ものを言わぬ異形をした生命体、地球への侵略者達だった。

"Variant of not Exist Terrestrial That is Adversary of human Race"、一般的な呼称としてVTTAR/ヴィタールと呼ばれる小型の生命体は、地球上の7箇所に落ちてきた彼らの巣窟から生成される異形だ。会話等といったコミュニケーションの方法は不明で、落ちてきた目的すらはっきりしない。ただ1つ、人を殺すことに躊躇いを持たない、足元に転がる小石程度としか思っていないという事だけが分かっている。

 3年に及ぶ世界の総力戦と、15mほどの人型兵器ネフィリムの開発・投入が間に合ったお陰で人類は反撃に出ることができた。しかし、破壊できた巣窟(ネスト)は未だ1つ。ヴィタールの侵攻は衰えるどころか勢いが増すばかり。反撃虚しく、たちまち防戦に専念せざるを得なくなった。

 そんなヴィタールに対抗できる唯一の希望。対巨大生物用人型戦略兵器──Nephilim(ネフィリム)に搭乗するパイロット達を育成する機関の設立を世界全体が急いだ。

日本における政府主導のもと各道府県に設立された士官学校がそのパイロット育成機関である。防衛省付属で高校教育も並行して行うここ長野軍士官学校は国内トップを争うほどのエリート教育機関だ。

 その学生寮の5棟目の3階にある寮長室。そこに例の美少女含め2人とも呼び出されていた。


「つまりの所、指示のあった青葉くんは部屋に入り寝ていたわけだ。そこに何もしらなかった高秩たかつかささんが入ってきて、不審者と勘違い。そして発砲と」


 武と対面の事務用デスクに腰掛けるのは幾分か前にすれ違った寮長兼教官の如月瑞月だった。如月は事の顛末を大方聴き終えると頭が痛いと言わんばかりにこめかみを抑え溜め息を吐き、一言で締め括る。


「勘違いによる事故ですね」

「ですが…!」


 抗議して立ち上がるのは艶やかな黒髪をポニーテールにしている発砲した少女。名前は高秩 有栖たかつかさ ありすというらしい。らしいというのは本人から聞いたわけではないからだ。部屋で遭遇した時はタンクトップに訓練着のような物を着ていたが、今は制服のようなデザインが織り交ぜられてある軍の制服をきている。


「何か問題でも…?」

「事故であることは認めるにしても、なぜ私が男子と一緒の部屋なのでしょう!」


それを聞いた如月は棚から1つのファイルを取り出すと、この寮の見取り図と各配員が記されているページを見せる。そこには寮に住んでいる生徒達の名簿が男女に分けられて収められていた。


「この寮には今まで男子は偶数、女子も偶数でした。ですが黒崎さんの異動により女子は奇数にになります。そして現在寮の部屋は満室。となると1人で部屋を使っている方の所へ入れてもらうしかありません」


何か思い当たる節があるのか、立ち上がっていた有栖は苦虫を噛み潰した様な顔で再びソファーに座る。


「これで一通りの問題事項は解決しましたね。明日からは授業と訓練が始まります、朝は早いですよ」

「了解しました。失礼しました」

「了解……しました。失礼しました」


彼女も渋々と了承してくれたとは思えないが怒りを収め、武は仕草には出さないがホッと胸を撫で下ろす。如月もニコッとした爽やかな笑顔で部屋に戻るように促す。

寮長室を出て、ドアを閉め終わる時の隙間、そこから見えた如月の笑顔は仮面を貼り付けた様な奇妙な笑顔にも見えた。

 寮長室を出て、コツコツと靴音だけが鳴り響く廊下を色々と気まずい空気を発しながら歩く。普通なら隣同士か、男子が前を歩きその3歩後ろを女子が歩くという構図なら起こり得る可能性があるのだが、どうにも事態が事態なだけに萎縮している武がそっと有栖の後ろを追いかけるといった形になっていた。


「全く……」


 3階の真ん中にある階段の手前、端の寮 長室から少し歩いた所で高秩有栖は急に歩を止める。反応が遅れた武は距離が縮まり、漂う気まずい空気をヘラヘラとした態度で誤魔化そうとする。


「ははは、いや、どーも」

「いつまでもそんな態度を取るつもり?事故だったのでしょう、私はもう気にしてないから」


 そうぶっきらぼうにハッキリと物申す彼女に対して武は愛想笑いと後頭部を掻くようにして更に誤魔化す。だが彼女はいかにも納得していないという表情を今までよりも色濃く見せる。

 高秩有栖という少女は支給のブーツを履いてるのを考慮してもスラリと背が高く、それでいながら女性的魅力な部分が大きく出ており、肩ほどまで伸びている艶やかな髪が彼女に年齢以上の色気を発させていた。

 彼女を品定めするように見ていた武の視線い気付き、高秩は再び歩きだした歩を止めて振り返る。


「何か私に付いてるの?」

「いや、何も」


 武がまた愛想笑で返すと彼女は苛立った表情をさらに歪ませて、一旦何かを考えるこのように目をつむる。短く「よしッ」と口にすると自らの頬を軽くたたくと笑顔を作る。

 突然の笑顔に困惑する武だが、その雰囲気を感じとった高秩は作った笑顔を軽く歪ませた。


「……あぁ、もう面倒くさい!この気まずい空気はお終い。教官命令として、不承不承ながらも了承したんだから、もうただのルームメイトよ!いいわね?」

「あ、ああ」

「い・い・わ・ね?」

「は、はい!」


 突如の申し出に戸惑いと驚きで動揺をしながらも飲み込む。だがその態度が気に入らなかったのか念を押すように聞き返してきた。この短い時間で分かったことだがどうやら彼女は感情が態度や表情に出てしまうようだ。

 今度は2人並んで歩き始めると、彼女の方から自己紹介を始めた。


「改めて、私は1年1組23番高秩 有栖たかつかさ ありすよ。宜しくね」

「俺は1年1組22番の青葉 武あおば たけるだ。こちらこそよろしく頼むよ、本当に」

「OKよ、タケル。私もタケルと呼ぶから苗字ではなく有栖と呼びなさい。それと、今回の件は門外不出よ。良いわね?」


 念を押すように執拗く誰にも言うなと迫る有栖。しかし迫られれば迫られるほど「分かってるよ、ははは」と誤魔化しが混ざる返事になってしまっていた。主に彼女の最も前面に出ている大きなメロンが迫る恐怖で。


「まぁ良いわ。じゃあ、話しましょうか?」

「何を?」

「お互いの事ね、どこ出身でなにが好きかとか。後は、とかね?」

「あぁ、うん、そうしよう。まず俺達には互いの理解が必要なようだ」


 階段から部屋までの短い間、そして部屋に帰ってからも色々な事を話した。好きなこと、嫌いなこと、そしてこの学校のこと、適度な距離さえ保てれば会話の種は山ほどあった。

 お互い並ぶベッドに向き合うように座り傾いて間もない太陽が沈むまで話し込んでしまっていた。


「貴方、面白い人ね。私、貴方となら友人になれる気がするわ」

「ははは、いや、そりゃあどうも」


 中学時代の”やんちゃ”と言っても傍から見ればただアホな事をしていただけにすぎない。だが、そんな事を話しただけでこんなにも喜んで貰えるとは思わず、先ほどまでとは別の意味で困惑していた。

 有栖は一瞬考え事をするよな仕草を取ると、「えぇ、そうしましょう」とこちらの目をまじまじと見てくる。


「アナタを私の初めての友人とするわ。これは提案ではなく、決定ね」

「……友達?」


 有栖はそう言うと、握手を求めるように手を差し出してきた。

ニコッとした、先ほどまで見せていた笑顔とは別物の圧を感じる笑顔をこちらに向ける。顔には有無を言わさないと書かれている気がしてならない。


「信頼できる人達はいるのよ?ただ友達と定義するにはね……」

「あぁ、いや、そういう事じゃ無いんだ。ただ、こんな俺が友達で良いのかって」


 躊躇っていると、笑顔から一転悲しそうな表情をするので、思わず手を握り返してしまう。

しかし、演技派な彼女はすっと表情を笑顔に戻し絶対に離させない様にかなり強く握り締めてきた。


「少なくとも他の奴らより互いの事は知れたわ。お互いに恥ずかしい思いもしたし、ここまでして友人じゃないなんて言わせないわよ」


 ニコッと笑う姿は、先程までの恐怖の笑顔から優しい笑顔に変わった様に感じた。それまでは、どこか彼女の笑顔は他所へ向けたような営業スマイルに見えたいたが、今の笑顔は少なからず自然な笑顔に見えた。

誤解とはいえ、これまで起きた事を鑑みればこんな表情を見せてくれているという事は、心を許してくれていると思っても良いだろう。


「(なんだ、こんな可愛い笑顔も出来るんだな。いや、さっきまでが怖すぎただけなのか?)」


 決して口にはしないが、そう思うほど有栖の笑顔は綺麗だった。

一目惚れ、というのは少し誇張表現になるが、彼女の笑顔はとても魅力的だ。そんな顔で友達になってと言われたら断る事も忍びない。

 なので、有栖が握るよりもさらに強く握る。その言葉に答えるように。


「俺のこの学校初めての友人というのも、頼むよ」


 何とか最悪の状態から良い状態まで持っていけた安堵からか、ここに来てからの緊張が解けてなのか、会話が終わるとグゥー…といった音が武の腹から聞こえてきた。


「ふふっ、可愛らしい音ね。そろそろ夕食の時間だし混む前に食堂に向かうとしましょう」

「ああ、頼むよ。俺はまだ食堂の場所、分からないんだ」

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