第一章:学園生活編(春)

ep.1 気だるげな朝

 桜が咲き誇り、ようやく陽射しが暖かく感じられるようになってきた頃、全国各地で発布された召集令状が学生の元へと届いていた。ここ長野県の東信地域も例外ではなく、長野県軍士官学校の体育館には多くの学生が集められていた。


「はてさて、学生寮ってのは何処だ?」


 誰も彼もが入学式と書かれた立て札のある門を堂々とくぐり、新品の制服を輝かせている中、1人だけが気怠そうに大きなボストンバックを引っさげて人の流れとは袂を分かつように別の建物が立ち並ぶ場所へと歩いていた。見るからにくたびれた制服は新入生では無いことを表していたが、この時期にこの場へ来るのは新入生だけであり矛盾を抱えたお尋ね者であることは確かだった。


「そこの君、ここは軍の敷地だ。一般人の立ち入りは禁止されているぞ」


 そう声が掛かったのは体育館の奥にある学生寮の入口、その事務室の前だった。

お尋ね者の少年は声をかけてきた者が着る制服の胸元を見て、荷物を地面に落としカバンの重さで猫背になっていた腰を正して敬礼をする。


「失礼しました。ですが、一般人ではありません。本日付けで長野軍士官学校高等科に配属されました青葉 武あおば たける訓練兵であります」

「配属?……あぁ、君が件のか。そうか、悪かったね」


 目の前の青年は、こちらの敬礼に呼応する様に素早く気を付けの姿勢と敬礼をする。


「自分は如月 瑞月きさらぎ みつき軍曹です。学生の君たちから見ると先生といった所だ。この学生寮の寮長を兼任している」


 如月が敬礼をなおすと武も敬礼をやめて、ボストンバックを拾う。如月は「僕は新入生に挨拶があるのでね。では、明日の教室で会おう」と言い残すとそそくさと体育館へ向かっていった。

 事務室で長々とした入寮の手続きを済ませて、体育館の奥にある学生寮へと向かう。目的の場所は一番奥にある、他と比べて少しばかり新しさを感じる建物だ。

手続きの際に武に渡されていた部屋のキープレートには5-203と書かれていた。軍の施設でもあるためセキュリティは万全だ。鍵はプレートに埋め込まれた電子キーと、物理的な鍵穴とカギを使った二重ロックとなっている。

 部屋に入ると、まず左手に簡易的なキッチンが目に入る。反対の右手には洗面所とトイレ別のバスルームらしき部屋があり、少し進むと奥にはリビングの様なものがある。

 そして、リビングから小さな階段が設けられていて、上には少し天井高めのロフトがあり、2人分のベットが置いてあった。

 寮は基本的に2人一部屋となっている。これは行動の最低人数であるツーマンセルを組む際に、意思疎通を簡単に行えるようにする為だと言う。

 荷物を持つだけで猫背になるような気怠げな様子だが、それもそのはず。旧都心である東京から3時間もかけて窮屈な恰好で電車に揺られるのは案外疲れるものだ。朝も早いおかげで眠気も来ていた。


「さて今日は入学式で訓練も学校も無いみたいだし寝るか」


 寮長からも学校側からも何も聞かされていないが、基本は2人1部屋になっているので、誰か相方がいるはずだ。

 今のところ部屋には自分1人だが、この部屋はやけに生活感に溢れている。まずベットがメイキングされていること。他にも棚には小難しい本や食器等が並べられていた。何よりもこの部屋に漂う香水やアロマの甘い匂い、これが人がいる事を指し示していた。


「アロマに香水と趣向品に加えて、机には化粧水も置いてある。となるとかなり女々しいって事になるな」


 独り言をブツブツと呟きながら枕を抱き、仰向けに寝っ転がる。ただでさえ眠気でボーッとしているのに部屋主が誰かと推理思考に集中している今、周りの音が聞こえるはずも無い。更には眠気も限界まで来ており、まぶたがとても重く勝手に落ちてくる。

 油断大敵とはまさにこの事で、僅かばかり寝落ちしてしまった。足音が聞こえゆっくりと意識を起こすと目の前には見知らぬ美少女と銃口が見えていた。


「……は?」

「あら、おはよう。大人しく死になさい、変質者」


 部屋にいた美少女は有無を言わさず、そっとセーフティーを解除してトリガーに指をかけている。


「ちょ、待ってくれ!やめて、変な人じゃ無いから!」

「問答無用!」


 1発の銃声と、貫かれた枕、宙を舞う羽根、そして耳元へと放たれた銃弾。

そして絶叫と銃声が寮に鳴り響いていた。

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