第13話『そのメイド、チェイサー!』

 ハイチェ曰く。

『生き物とは、生きているだけで痕跡を残す物なのです』らしく、そこからはイーハトープが山の中に残してきた痕跡をハイチェが辿っていくのを、ついていくという山登りだった。


「見てください、ここ」


 そう言って、ハイチェがなんにも無い地面を指差す。何にもない、というか、変哲がないというか。落ち葉とか砂利とか落ちているが、そんなもん山には普通に落ちているもんなので、何も無いと言ってもいいだろう。


「地面がどうかしたの?」


 膝に手を置いて、腰を曲げ、地面を見つめるロゼ。俺も似たような体勢を取って、地面を見るが、別に珍しい生き物がいるという感じでもない。


「この、折れ曲がった落ち葉ですよ」


 ハイチェは地面に落ちていた落ち葉を五枚ほど取る。確かに、千切れていたり曲がっていたりしているが、それがどういう意味か、さっぱりわからないので、どうコメントしたものか困っていた。


「人間が踏み抜いた後ですよ。そこかしこに落ちています。ここをたくさんの人間が通った証拠です」

「マジ?」


 ロゼが、驚いたようにハイチェの顔を見る。俺はいまさら、ハイチェがどんな特技を披露しても驚かない。だって完璧メイドなので。


追跡術トラッキングという技術ですよ。足跡からや痕跡からターゲットを追跡したり、体格などを予想できたりするものです。それに、おおよその野営地点はわかっているので、すぐケルベロスの元にたどり着きますよ」

「へえー。ほんっと、ハイチェって何でもできるのねえ。あんた、ハイチェ居ないと旅なんてできないんじゃない?」

「なんだよ、今頃気づいたの?」


 ロゼは茶化すつもりで言ったので、俺のリアクションが意外だったらしく、少し目を見開いて驚いた表情をしていた。実際、俺なんてハイチェがいなかったら、多分プグミスから出るのもままなってないと思うし。最悪死んでたかも。


「ハイチェには感謝してもし足りないよマジで」

「そうですか。では、それはお給金の形で示してください」

「……共有財布からちょっと抜いていいから」


 まあ、共用も何も、俺は自分用の財布なんて持ってないので、今回の稼ぎから渡す感じになるのかなぁ。ケルベロスって、なんか獲物としてはでかそうだし。


 取らぬ狸の、というか、取らぬケルベロスの皮算用をしながらハイチェについていくと、かれこれ三時間ほど、昼間も終わりそうというような時間で、俺でもイーハトープの連中が野営をやっていたんだな、と思うような場所についた。


 そこは岩肌が目立ってきた山の頂上近くで、乱暴に消された焚き木の跡や食い残しだろう骨が残っていて、生活感という汚さに侵されていた。


 もうちょっとでケルベロスに会える。その緊張感が俺たち三人を包んだ。

 跳ねる心臓。左胸を撫でながら、岩の群れを乗り越えて、頂上までやってきた。涼しい風が通り抜け、一瞬気が緩んだ。

 その瞬間である。

 俺の腹部に、強い衝撃が走り、ふっとばされたのは。


「んおっ!?」


 腹の中身がかき回されたような衝撃の後、後頭部を打ち付けたせいで、一瞬視界が安定しなかった。なにかに伸し掛かられているのは、体に感じる重みでわかったが、それが次の瞬間にはなくなっていたので、本能的に立ち上がって、バックステップで距離を取った。


「なっ、なんだ!?」


 やっと視界を認識する事ができた。

 眼の前には、ハイチェが槍を構えて立っていて、そのさらに先には、灰色の体毛を持つ、馬ほどの大きな体を持った狼がいた。


「で、でっけえ狼……」


 思わず呟く俺。狼は、喉を鳴らしながら、敵意と牙をむき出しにして、俺たち三人を睨んでいた。


「ふむ。三首ではないようですが、これがケルベロスですか」


 ハイチェが槍を握り直した。

 俺も、ナイツドライバーを取り出し、腰に装填。


「また来たのか、人間共……っ!」


 なんだか年若い、青年のような声。誰だ? この場に人間の男なんて、俺しかいないのに。


「……えっ、ケルベロスが喋ったのか、今?」

「魔物に知性があることなんて、珍しくないわよ……。特に、ケルベロスは上級だから、無いほうが珍しいくらい」


 俺の言葉に、こっそりとハイチェの後ろに回っていたロゼが答えた。ロゼは召喚術を使うのに時間かかるから、前衛の後ろに隠れなくてはいけないんだろう。


 ――しかし、知性があるのか。それなら、話し合いが通じるかもしれない。


 俺はハイチェの隣に出て、ケルベロスの目を真っ直ぐ見つめた。


「ど、どうも! 俺の名前は藤間前! 生まれは日本で、身長は一七六センチ! 冒険者見習い! よろしく!」


 怪訝そうに、俺を見つめるケルベロス。なぜだろう、後ろのロゼも、隣のハイチェも、俺をバカを見る目で見ている気がする。


「何のつもりだ、人間。自己紹介など……」

「人間じゃなくて、ゼンって呼んでよ。そっちだって、ケルベロスって名前じゃないんだろ?」

「人間に教える名前などないッ!!」


 前足を俺の頭に向かって振り下ろす。ブオンっ、と風切り音がして、俺の頭を叩き割ろうとしていたのだろうが、それをハイチェが槍でガードし、押し留めた。


「マスター、変身を」


 ちらりと肩越しに俺を見るハイチェに頷き、ポケットから変身クリスタルを取り出し、ドライバーに差した。


「変身ッ!」


 体に鎧をまとわせ、ケルベロスにタックルを仕掛けて、弾き飛ばした。さっきの仕返しだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る