第12話『Sなメイド探偵』
別に普段、遅刻するタイプではないのだが、遠足となればいつも以上に早起きをするタイプなのだ。
ギルドハウスの二階、俺とハイチェは同じ部屋で寝て、ロゼは隣の部屋。一応、七時に起きて八時に出るというスケジュールだったのだが、俺は六時に起きてしまい、ウキウキで準備をしていた。
「えーと……変身クリスタル、契約クリスタル、武器クリスタル、魔法クリスタルっと……。うーん、これ、戦闘中、咄嗟に出せないよなぁ。仮面騎士はあんだけいろいろギミックあったにすげえや」
よく使うクリスタルは取り出しやすいところに入れておこうかな。今は契約してる相手なんていねえし、契約クリスタルはハイチェに預けておいてもいいか。
ベッドの上で、独り言を呟きながら、ドライバーとクリスタルの準備をしておく。そうしていたら、背後からごそごそと衣擦れの音がして、振り向くと、ハイチェが起きていた。
「よぉ、おはよう、ハイチェ――ええ!?」
「朝からうるさいですよ」
と、ハイチェは、寝ていた時に着ていた膝下まですっぽり隠れる入院着みたいな寝間着を脱いで、黒い下着姿を晒していた。
こうして見ると、ほんと、普通に大人のお姉さんという感じで、機械とは思えない。
「いや、ごめん! 見る気はなかった!」
慌ててドライバーに集中し、なんとか頭からハイチェの下着姿を消そうと努力する。しかし、そもそも前世(でいいのか?)では、女子との関わりがほぼない免疫の無さ。
厳しいにもほどがある!
「やれやれ。慣れてもらわないと困ります、マスター。あなたは機械に欲情するのですか?」
「そ、そういう問題じゃない気がする……」
ハイチェは機械って感じがしないし……。
俺は別に、機械が相手でもいいと思うけどなぁ。いや、ハイチェに恋愛感情抱いてるわけじゃねえんだけども。
「とっとと着替えてくれよ。半裸の女性と会話しにくい」
「もう着ましたよ」
「え? ずいぶん早いんだな」
振り返ると、なぜか下着姿で胸を張っているハイチェがいた。
「着てねえじゃねえか!」
慌てて枕に顔を突っ込み、視線をすべて遮断した。なにをベタなことしてんだ!
「すいませんね。どうも、面白そうだと思ったので」
こっちの心臓は死にかけてるんだぞ。魔物とかの前に、ハイチェに殺されかねない。面白そう、で男の純情弄ぶな。
「それで? マスターは何をしていらしたんですか」
やっと服を着てくれたハイチェが、俺の隣に立って腰を屈める。
「戦闘の時に、できるだけ早くクリスタルを取り出せる様に、整理してたんだ」
「なるほど? それはいい心がけですね。わくわくして危機感が無いと思っていましたが、マスターでもケルベロスという魔物の恐ろしさはわかっているようですね」
「……ん?」
別にそういう意図は全然なかったのだが、まあ、そうか。そういう準備に見えるのか。
評価上がってるのなら、このままでいいかと思っていたのだが、ハイチェにはお見通しらしく、ため息を吐いていた。
「マスターはそういう人でしたね……」
「いや、だって、早く起きてする事なくってさ。――っていうか、まだケルベロスと戦うって決まったわけじゃないじゃん。やばそうならさっさと逃げる。話がわかりそうなら会話する。俺は正直、あんま戦う気ぃないんだ」
はて、と首を傾げるハイチェ。
俺も「なに?」と首を傾げ返した。
「戦わないんですか?」
「そりゃね。詳しい状況もわかんないのに、いきなり戦うって決めてかかるのもね。人を襲った、ってんなら、もうちょいギルドの人も必死になるんじゃない?」
「はあ、なるほど。殺してしまえば問題も何もないと思ってました」
「……もうちょい平和的に考えようね」
俺は人殺しとかはしたくないんだよ。
法律云々というより、正義の味方として。
これからはハイチェを抑えることに専念しなくてはならないかな?
俺のサポートをするのがハイチェがここにいる理由なのでは、という疑問が生まれてきたが、しかし、まだ会って三日目なのだ。これからこれから。
そんなわけで、俺とハイチェは準備を終え、廊下に出ると、待っていたロゼと合流。
チェックアウトを済ませて、ロゼの道案内で、ヒュウサン高地に向かった。
街を出て、かれこれ数時間、平原をバイクで駆け抜けるという、なんかイカした音楽PVみたいな風景を楽しんでいたら、あっという間についてしまった。
ヒュウサン高地という、岩肌が目立つ山の麓にある、イナキ村。山への入り口を見張るためにでも建てられたのか、というような位置に、レンガ作りの家が何軒も寄り添うように建っていた。
その入口にバイクを停め、村を見ると、なんだか妙に殺気立った連中が多いのに気づいた。
村の住人達が居心地悪そうに歩いていて、よそ者達が我が物顔をしているのだとわかった。
「……なんか、様子変じゃないか?」
俺がつぶやくと、背後でロゼがバイクから降り「あれって、イーハトープじゃない」と、聞き慣れない言葉を言っていた。
「なにそれ?」
俺もバイクから降り、ハイチェもバイクから人間に戻り、ロゼを見た。
「簡単に言うと、魔物専門の賞金稼ぎ。ほら、あいつらの鎧に竜を頭から真っ二つにするような紋章が入ってるでしょ。あれがイーハトープの証」
確かに、村を歩く鎧姿の連中の胸元には、竜を真っ二つにしたような紋章が描かれていた。
「――ちっ、ギルマスめ。厄介な仕事を押し付けたもんね。大方、新人を向かわせて自分たちも仕事してますよ、って体裁を取って、依頼を完遂すれば儲けもの、って魂胆かしら」
ロゼは、そう言って舌打ちをして、親指の爪を噛む。
なんかよくわかんないけど、そんな先人がいるんなら、俺達の仕事はいらないんじゃないかな。
「どうする? ここで帰っても、報酬はもらえるんだし、
あいつら、品が無いのよね。そう言って肩を竦めるロゼの全身から溢れ出る『帰りたいオーラ』は非常によくわかるのだが、しかし、俺はそれを無視することに決めていた。
「まあまあ。とりあえず、ケルベロスを見に行こうよ」
眼の前に相対しちまえばこっちのもんよ、という俺の心が見透かされたのか、ロゼは「一応言っておくけど、もう少し、ビジネスライクに考えなさいよね」と、俺の鼻にデコピンをぶつけた。
「いやあ、面目ない……」
そうは言いつつ、付き合ってくれるのか。ロゼって、結構お人好しだなぁ。
俺たち三人が村に足を踏み入れると、なぜか周囲の人たちがこっちを窺っているようだった。
「……なんだろ?」
おそらく村人であろう人たちは、こっちを見たかと思えば、鬱陶しそうに顔をしかめて、すぐにそっぽを向くし、イーハトープの人だろう鎧を着た男たちは、こっちを睨んでいた。
「今はケルベロス出現で騒がしいからね。私達みたいなよそ者は、警戒されるのも仕方ないわよ」
「……情報を集めるのが、面倒くさそうですね」
ハイチェはそう言いながら、周囲を見ていた。何か狙いを定める肉食獣さながらの眼光だが、一体何を考えているのか……。
「おい、お前ら」
ハイチェが面倒を起こすんじゃねえだろうな、と思っていた矢先である。がっちりと鎧を着込んだ、金の短髪に目つきの鋭い男性が話しかけてきた。
三〇ちょいくらいだろうか?
なんだか一瞥しただけで、あんまり俺たちにいい感情を持ってないのがよくわかるが……。一体何の用だろ?
「はい? なんですか」
俺の返事を聞いてるんだか聞いてないんだか、じろじろと俺たちを見た後、最終的に、俺の髪に注目しはじめた。
「……黒の髪? お前、どこの国の出だ」
ほんとに、よほど珍しいんだな……この髪色。ここ数日で何度目だよ、と思わないでもないが。
「日本ですけど……」
「……聞いたことねえな」
でしょうね!
俺は何度この問答せにゃならんのだ。その内、違和感の無い出身国をでっちあげる必要があるなこりゃ。
「何者だ?」
男の言葉に、俺達はそれぞれギルド手帳を取り出して見せた。……なんか警察っぽくて、ちょっとドキッとしたのは内緒だ。
「冒険者か。……ケルベロス討伐依頼で来たってとこか?」
「そうですね。でも、まだ様子見って段階でして」
「なら、悪い事は言わねえから、とっとと帰んな。お前らみたいなガキにちょろちょろされても、仕事の邪魔なんでな」
――って事は、まだケルベロスの討伐はされてないんだな。この態度だと、情報は渡してもらえそうにねえなぁ。
「ええ、別に邪魔するつもりはありません。イーハトープがいるとわかった以上、早々に撤退するつもりです」
「そ、そうか」
ハイチェの言葉に、なんだか面食らった様に目を少し開く鎧の男。多分、こういう反応が帰ってきたことがないんだろうな。
「話が早いな。だったら――」
「まあ、そう言わないでください。イーハトープの噂はよく聞いています。その仕事ぶり、今後の参考にさせていただきたいものですね」
と、微笑むハイチェ。
俺はそれを見て、かなり驚いたが、なんとか声を飲み込んだ。まさかこんな形で、ハイチェの笑顔を見ることになるなんて思ってなかった。
しかし、さすがオートマタ。イーハトープなんて、さっき初耳だろうに。
「ははっ、だが、仕事に関する詳しい事は言えんがな。さすが、ケルベロスだとだけ言っておこう。俺たちでさえ、駆除にはまだ時間がかかる。まあ、気になるのは、何故かある場所から動こうとしないことだな」
気を良くして笑っている鎧の男。なんだか、このままもうちょい聞いてれば、重要な情報をあっさり漏らしてくれそうだった。
「ある場所、ですか?」
「あぁ。いちいち撤退の度にここまで戻ってくるのは面倒なんだがな……。おっと、話せるのはここまでだ」
そう言って、鎧の男は、イーハトープ達が集まっているとある家屋の前に小走りで向かっていった。あそこは、宿屋かな?
「どうだハイチェ、どこかわかったか?」
正直、ダメ元で聞いてみたのだが、ハイチェはあっさりと頷いてみせた。
「え、マジで?」
「いえ、さすがに詳しい場所はまだわかってないですが、おそらく、たどり着けると思います」
「ってことは、おおよそのアテがあるってこと?」
訝しげに、目を細めて、ハイチェを見つめるロゼ。
「ええ。おそらく、あの高地を登って、周囲の環境が野営に向かないほど岩肌が目立つ場所でしょう。イメージとしては、かなり頂上寄りですかね」
俺は、さっきまでの会話でそこまで察する事ができるほど、材料がバラ撒かれたのかを考えるのに必死だった。
しかし、ロゼはさすがに理解力が早い。
「なるほど? ケルベロスの拠点からそう離れてない場所に野営を張りたいのが本当でしょうけど、ここまで撤退を余儀なくされてるって事は、ちょうどいい野営場所が他に無いってから、ってわけね」
はあ、なるほど。
わかったような、わからんような。
「そんなら、あの山を登りゃいいんだろ? とっとと行こうぜ!」
ワクワクしてきたぞ!
ようやっと、有名な魔物に会えるんだな!
スキップしそうになる足をなんとか抑えながら、俺たちは村を抜けて、山登りへの第一歩を踏み出したのだった。
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