第11話『どこへ行ったって嘘じゃない』

 手帳を手に取って、中身をパラパラと覗く。最初の方のページには、何か規約が書いてあり(まぁ、だいたい、常識に反した行動を取るな的な事)、後はさっきのポイントカードみたいなページとか、俺の顔写真が最後のページに貼ってある。


「――って、あれ!? なんで、俺の顔が最後のページに?」


 最後のページをよく見ると、なんか、パスポートみたいだ。『冒険者ギルド、ベラロンド支部。この者を冒険者と認め、身分を保証する』なんて書いてあるし。


「それは俺の魔法」


 と、マスターが自分の鼻を指差した。


「さっき、魔法でちょちょいと描いただけさ。少し説明すると、身分の保証なんて書いてあるけど、そう大した事はできないよ。冒険者なら許されるが、一般市民だと許されない事が結構あってね。そういうのを見咎められた時、ギルドパスを出してもらえば、免除される」


 パラパラと、ページを捲っていたハイチェが「そんなパス、簡単に渡していいんですか?」と、パスをカウンターに置き、マスターを見つめる。


「あぁ。冒険者はそもそも、いつでも人材不足だからね。それなりの実力者が求められる職業だし、命がけの依頼もあるからやりたがる人間も実はそんなにいない」


 確かに、よく考えてみれば、旅をしている人間がいようと、命を懸けたいなんて人間はそういないだろう。俺はファンタジー世界に来たようでテンションが上がってて、やりたいが……。


 こっちの世界の人にしてみれば、多分、俺の世界で言う3K仕事(臭い、きつい、汚い)にあたるのかもしれない。


「だから、とりあえずやらせて、問題があるようなら一般の人間よりも重い罰を与えるという形を取っているのさ」


 いいのか? それ。

 起こってからじゃ遅い気もするけど……。


 まぁ、いいか。正直、簡単に済むのなら、それに越した事ない。試験なんて面倒なことは、こっちに来てまでしたくないからね。


「た、だ……。試験はないけど、一応こっちも、善意でやっているわけじゃないし、君たちはフラメルさんの知り合いだ。それなりの実力を持った人間だと判断する。だから、強制じゃない、提案として聞いてほしいんだが……」


 咳払いをして、なぜかマスターは、懐から一枚の紙を取り出し、俺達の前に置いた。

 見てみると、誰かからの依頼が書いてあるらしく、ぱっと目につく一番上には『ケルベロス討伐依頼』と書いてあった。


「け、ケルベロス!?」


 思わず依頼表を取って、視線で穴でも開けようとしているんじゃないかってくらい、ジッと見つめる。

 こっちに来て、初めて知ってる魔物の名前を見たから、驚いたのだ。


「ケルベロスって……そんな魔獣、ランク藍と紫にやらせる気? 大召喚術師が呼ぶレベルの魔獣でしょ」


 どうやら断る気らしいロゼは、不機嫌そうにしながら、マスターから視線を反らした。


「でも、そっちの彼はミドクイカを倒したって聞いたけど?」


 微笑むマスターの言葉に驚き、俺は思わず目を見開き、彼を見た。


「これでも耳聡い方でね。それに、君の黒い髪は目立つよ」


 そういえば、船でも言われたっけ。

 こっちの世界には黒髪っていないんだろうか。今まで見てないから、いないのかもしれないが。


「ミドクイカを倒したんだ。ケルベロスに出会っても、逃げるくらいはできるんじゃないかな。……まあ、実際、結構急ぎの依頼だから、誰か派遣したいんだけど、あいにく相手がケルベロスだと、さすがに誰も行ってくれなくてね」


 肩を竦めて、苦笑するマスター。

 そうかぁ。ま、確かに、猛獣狩りに行こうと言われて、頷ける人間も少ないだろう。


「だったら、あたし達だって行くわけないじゃない。分相応って言葉は、守っとけば危険も少ない、ってね。それに、受けなくてもギルド登録はしてもらえるんだし、受ける理由が――」


 そこまで言って、ロゼが俺の顔を見て驚いた。

 理由はわかる。だって、多分だけど、俺の顔がやりたいなぁー、って感じで笑顔だからだろう。


「あ、あんたね……。ケルベロスよ? さすがに、田舎もんっぽいあんたでも知ってるでしょ?」

「ま、まあ、一応」

「獰猛な肉食魔獣よ。ケルベロスが召喚者を食い殺した、なんて事例はもうたっぷり聞かされすぎて聞き飽きたくらいよ?」


 ほお、俺のイメージとほぼ一緒だ。やっぱり、こっちでも三つの頭を持つ、地獄の番犬という感じなんだろうか。


「……ぜんっぜんわかってない、って顔ね」

「え、そう?」

「ワクワクが顔に出てる」

「だ、だってさぁ、見たいんだもんよー。話には聞いてたからこそ見たいっていうか」


 なんとかロゼを説得して、見に行けないだろうかと悩んでいると、マスターが助け舟を出してくれた。


「別に、依頼を必ずしもこなしてもらう必要はない。こっちも、誰かを派遣しておきたいっていうだけだからさ。行って、偵察だけしてきてもらう、っていう感じでもいいし」

「……ハイチェはどうなの?」


 お、迷い始めてるな。ロゼが困ったように、ハイチェに意見を聞き始めた。


「そうですね、依頼金もいいですし、正直負ける気もしてないので、受けてもいいんじゃないですかね」


 ロゼは、腕を組んで考え始める。

 迷い始めてきたな。ここらでダメ押ししておくか。


「無茶はしない、ダメそうなら即撤退で、いいだろ?」

「……わかった。それじゃあ、見てみるだけ、行ってみましょ。でも、ヤバかったら、あたし一人で逃げるからね」

「オッケー。それで大丈夫」


 俺のわがままでロゼを危険な目に合わせるのも嫌だしな。とっとと逃げてくれるなら、それがいい。

 ……正直、俺はケルベロスなんて前で見たら、ビビって動けなくなるか、好奇心で突っ込むかしかないだろうし。


「受けてくれて助かるよ。それじゃあ、この依頼は受注済にしておく。もしもキャンセルしたくなったら、また声をかけてくれ」

「はい、わかりました」


 俺とハイチェは、マスターから手帳を受け取り、それをポケットにしまい、依頼に必要な書類ももらった。

 近くのテーブルに三人で腰を下ろし、その書類を広げてみた。


「えーと……。場所はヒュウサン高地の一本杉……ここならわかるかも。そんなに迷わないで行けるかもね」


 ロゼはそう言って、顎を三回ほどさすってから


「多分、ここから馬車を借りれば二日くらいかしら」

「ロゼ様。私に乗れば、もう少し早くつくと思いますよ」


 ニヤリと笑うハイチェ。まだ短い付き合いだが、どうも彼女は、自分のスピードには自信を持っているらしく、スピードの話題になると、小さくドヤ顔が見え隠れする。


「そっか。なら、もう少し予定は短縮で良さそうね。……スピードはお手柔らかに頼むわよ」

「善処します」


 無表情で言うハイチェだが、本当に善処してくれるかは怪しいところだな……。俺は現実的なスピードとして捉えられているが、ロゼからすればバイクのスピードは今までに乗ったどんな物よりも早いはずなので、そりゃ怖いだろう。


「別に難所は無いはずだから、あのバイク? なら一日もあれば着きそうね」


 ここから、ここね。そう言って、地図を指先でなぞるロゼ。多分……二〇〇キロあるかないか、くらいだろうか。時速でバイクなら一〇〇キロ出る(まあ、俺が安全運転できるスピードとして、五〇から六〇くらいだろうか)。


 ってことは、明日の朝出ると、昼にはついてないか?


 ……バイクって、異世界に来ると、かなりズルいアイテムな気がしてきたな。


「そいじゃあ、宿屋を探して、明日に備えるか」


 船旅と連日はしゃいでいたせいで、さすがに疲れてしまった。


「あぁ、それなら、ここの二階が宿屋になってるから」


 ロゼはそう言って、天井を指差した。

 そうなのか。なら、これ以上今日は歩く必要がないんだな。それはちょっと安心した。


 こうして、俺の異世界二日目は、主に移動で幕を閉じたのだった。


 ……まあ、この日はなかなか寝付けなかったんだけどね。

 だって、明日の今頃にはケルベロスに会えるんだぜ。


 現実にはありえないイベントが明日ある。そう考えると、寝付けないのも仕方ないよな。

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