第9話『切除手術を開始する』
その握手を離そう、というタイミングだった。
いきなり、船が揺れたのだ。
ギシギシギシギシ、と、不安を煽るように船体が軋み、バシャバシャと波が鳴っている。
体勢を崩しかけ、船べりに手をついて、俺とロゼは体勢を整えた。
「なっ、なに!? どうしたってんだ!」
「この衝撃、下から攻撃されたようですね」
と、揺れている船で、一切微動だにしていないハイチェが、海をジッと眺めていた。それを見て「どうなってんのアンタ……」と驚いてるロゼを置いて、俺はベルトを装着してから、船べりから少しだけ身を乗り出して、海面を見つめる。
「排除しますか?」
手首を捻りながら、指先を光らせるハイチェ(あの、フィンガー・ラッシュ・バレットとかいう技か)。
「いや、俺がやる」
神様から教えてもらったナイツドライバーとクリスタルオーサーの使い方を練習するにはいい機会だし。
……しかし、浮ついて返事をしてしまったが、結構大きな船、だよな? これ。
これを地震もかくや、といわんばかりに揺らせるって、一体どんな生物なんだろう――。
そんな疑問が俺の胸にあったのは、一瞬だけだった。
遊園地にある、最後には水たまりに滑り落ち、水を大量に巻き上げるジェットコースターを思い出すような津波が俺達を襲い、体を濡らし、その水を少しでも落とそうと体を振って目を開いた先には、大きなイカがいた。
五階建てのマンションを見上げた時と、同じくらいの首の角度で見上げなくてはならないほどのサイズ感だ。
「……ハイチェ」
「あれはミドクイカですね。知性が薄く、好奇心が旺盛で、単純な物の考え方をします。思春期の男子とどちらが知性的か、と言われれば悩んでしまいます」
ううむ、と、胸を支えるように腕組みして、考え込むハイチェ。
「いや、あの、やっぱり、替わってほしいなって……」
「ミドクイカは体こそ大きいですが、臆病です。好きな子に告白できない思春期男子とどちらが臆病かと言われれば、迷わず思春期男子の方が臆病だといいますね」
「その思春期男子シリーズなんなの!? 知らねえよ!」
俺も思春期男子だけど、知性をイカと並べられるほどバカになった覚えはない。
どうやらハイチェは替わってくれないらしく、傍らで震えていたロゼを引きずって「大丈夫ですよー。頼りになる我らがマスターが八面六臂の大活躍です」などと、めちゃくちゃ適当な事を言いながら、甲板にいた人々を船の中に戻す避難作業をしていた。
「……やるしかねえか」
大丈夫さ。
やれる。
なんのために異世界まで来たんだ。
困っている誰かを、自分が死なずに、何度だって助ける為にここへ来た。
自分のやるべきこと、やりたいことを再確認して、俺は、変身用のクリスタルをベルトに装填し、とっておきたいとっておきだったポーズをイカに披露した。
「見ろ! これが、俺の特撮人生集大成!」
左手を腰だめに構え、右手を居合抜きのように構え、ベルトを機動させて、叫ぶ。
「変身ッ!!」
体を暖かなエネルギーが包み、俺は仮面騎士へと変身した。
イカの足が、俺をまるでハエでも潰そうとするみたいに、勢い良く振り下ろされた。
受ける――いや、無理だ。
仮面騎士の能力であれば、おそらく楽勝。だが、船が耐えられない。アイスピックで叩いたように、俺を起点にして船がまっぷたつになるのがオチ。
「だったらっ!」
すばやく、腰のクリスタルホルダーから取り出したクリスタルを、腕の手甲――クリスタルオーサーへと装填した。
すると、俺の腕には、大剣が握られていた。
身の丈ほどはあるそれは、バスターソードと呼ばれるそれだ。
「アガレス!!」
その名を関する剣で、頭上に迫りくるイカの足を、思い切り叩っ斬って、彼方へと飛ばした。
高校の体育で、仮面騎士は最終フォーム剣ばっかりだし、という理由で剣道を選択していてよかった!
「きぃぃぃぃぃぃッ!!」
まるで古い手押し車でも押した時のような不快音を鳴らし、船から離れるイカ。
「これ以上船を襲わないように、おんなじことすると痛い目を見るって、教え込んどいた方がいいな」
野生の動物はヤンキーと似ている。
これは昔、テレビでお笑い芸人が言っていた言葉だ。確か、プロの猟師から「動物っていうのはね、一度侮った相手は生半可な事で再評価しないんですよ」と言ったのを、ウケ狙いの大声で「そんなんヤンキーやないですか!」と突っ込んでいた。
俺は笑っていたが、今ならわかる。
一度舐めて味をしめれば、何度でもやるのが動物だ。
アガレスの柄に、ホルダーから取り出したクリスタルを装填。大剣が瞬く間に、その材質を鉄から氷へと変えた。
まさにファンタジー。
氷の大剣の完成である。
「ちょっとしもやけしてもらうぜッ!」
ジャンプして(予想外の高さにびびった)、イカの目の少し上を切りつけた。
また悲鳴を上げ、俺は海面にアガレスを放り投げ、氷塊を作ってそこに着地し、イカを見上げた。
「やったか?」
やりすぎていた。
俺の予想では、傷口がちょっとしもやけみたいになって膨らむだけのはずだったのに、何故かイカが、巨大な氷山みたいになって、海に浮かんでいた。
「えぇ……」
力の調節って、なんかダイヤルみたいなのでできねえのかな、と思ったが、そんなことよりも気にする事があった。
「まっずい!!」
海面につけっぱなしのアガレスは、海という面積の広さに、少しずつではあるが、その氷塊の面積を広げていた。
あわや船まで巻き込んだ大惨事になりかけていたので、慌てて剣を海面から引き剥がして、氷の侵食を止める。
「ふぃー……。扱いに困るなぁ、こいつ」
アガレスを太陽に向かって掲げて、ため息を吐く。ちょっと協力すぎるぜ、神様。
■
昨日、神様から教えてもらったナイツドライバーとクリスタルオーサー、その使い方は至ってシンプルだった。
『キミ、ゲームってやってたろ?』
僕は知ってるよー、と、俺の話など一切聞く気の無い断定口調で、宿屋に座っている俺を見下ろす神様。そりゃ、ゲームは好きだったけど。
『ドライバーとオーサーは、それみたいなものさ。キミに渡したクリスタルには二種類あってね、変身用と補助用。変身用はドライバーに、補助用はオーサーに差す。ゲームのカセットみたいにね』
なるほど。
入れるディスクがハードによって違う、みたいな物か。
……こんな簡単な説明なら、別にゲームを例に出して教えてくれなくてもいいんだけどな。
『補助用クリスタルには、基本属性の魔法と、武装展開、あぁ、必殺技も入れてあるから、有効に使いたまえ』
「あの、質問が一つ」
『なにかな?』
俺は、学ランの内ポケットから、変身用のクリスタルを取り出した。
「変身用のクリスタルって、これだけなんですか? なんていうか、フォームチェンジ的なのもあってほしいなー、なんて」
『それは現地調達してくれ』
んな無茶な。
キャンプに行ってキノコとか取るんじゃねえんだぞ。
『そっちには魔物がいるだろう? 魔物と契約して、その力をクリスタルに封じ込めれば、契約クリスタルが作れる。これを装填すれば、その魔物の力に応じたフォームが得られる』
「魔物と契約って……」
俺が見た魔物は、この時点だとハントベアだけなんだけど、あんなんと契約するの、嫌だぞ俺。
「大丈夫ですよ、マスター」
口を開いたのは、今回説明する気が一切無いと思っていたハイチェだった。
「この世界の魔物は二種類います。通常の動物を含めると三種類ですが、魔物は二種類です。
一つは、動物がマナの流れが滞った場所に長い間とどまっていると、その吹き溜まりから悪影響を受ける事があり、悪性化する事があります。これを変異種といい、元がどんな動物でも、肉食化します。
そしてもう一つが外来種。召喚術で喚ばれた、異世界からの獣。それが召喚術師との契約を切って、向こうに帰らず、こちらの世界に留まっている者をそう呼びます」
……えーと。
俺はなんとか、頭の中でロゼの言葉を何度も切ったりこねたりして、考えてみる。
「つまり、外来種なら、契約できる可能性がある、ってこと?」
ようやっとひねり出せた答えは、ハイチェを満足させられる物だったらしく、彼女は頷いた。
『そうだねえ、外来種ならば、知能がそれなりにある。相手の事情によっては、協力を取り付けるのも悪くないだろう。旅が楽になる』
「……相手の事情?」
『キミ、召喚術師を殺した召喚獣と再契約結べるのかい?』
バカを見る目である。
俺を見る人間はたまにああいう目をする。悲しい。
だって、そういうの考える脳みそ、まだないんだもん。
しかし神様の言うことは最もである。召喚術師を倒したようなヤツ、倒しはすれど再契約などする気もない。
『まあ、とにかくだ。ドライバーとオーサーの使い方は至ってシンプル。あとは、キミが実践の中で覚えていくといい』
「ういっす! 了解です」
『それから、キミはあくまで、そっちの世界がどうなってるのかを報告する為にそっちにいるんだからね。その報告も、近い内にまとめて頼むよ』
「それも、了解です」
しゅわしゅわしゅわ、と、コーラを注いだばかりの時みたいな音を立てて消えていく神様。
……契約ってのも、危険が伴いそうだし、そんなにすぐすることもないかな。
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