第8話『最初の握手を』

 神様からベルトの使い方を詳しく聞いて、俺は疲れがどっと出てきたのか、その日はさっさと寝てしまった。よく考えれば怒涛の一日だ。


 異世界に転移してきて、見たこともない熊と戦って、泊まった村で盗賊に襲われる。こんなに密度の濃い一日は、ちょっと経験したことがない。


 翌日起きて、宿屋のおばさんに港へ向かう事を告げると「これはお礼だよ」と、何か重たい革袋を渡された。中身を見ると、銅色の硬貨がたくさん入っていたので驚き「うっ、受け取れないっすよ!」と銅貨を返そうとした。


 しかし、「いいんだよぉ。盗賊にやられてたらコレとは比べ物にならない損害だったわけだし、村のみんなからの気持ちさ。それにお前さん達、お金持ってるのかい? 船は高いよー。これで三人ピッタリくらいなんだから」と言われ、


 ハイチェからも「マスター、確かにこれでぴったりと言われたら、正直路銀が底をつきます」などと言われてしまい、


 ロゼからも「いいじゃない、受け取っちゃいましょうよ。あんたが受け取らないとしても、私は自分の取り分はいただくからね」と、シビアな事を言われたので、やはり先立つ物はどうしたって必要。


 悪い事をしたわけじゃないし、ここはありがたくもらって、村を出た。


 バイクに変身したハイチェに乗り、後ろにロゼを乗せて、草原を駆けて港へ向かう。

 ロゼはいつまで経ってもハイチェのスピードに慣れないらしく、俺に力強くしがみついていた。


 そうして三〇分ほどバイクを走らせ、港へたどり着いた。

 大きな帆船がある以外は、他になんにもない、本当に、船を止めるのに必要最低限な桟橋があるくらいだ。


 俺達含めた一〇人程度が船員に金を払って(ほんとにあの袋いっぱいでちょうどくらい)、船に乗った。


 帆が開いて、風を受け、船がギシギシと小さく音を立てて動き出した。

 俺はすぐ船べりへと走り、身を乗り出して水平線に飛び込もうとするみたいに景色を見た。


「すげえ海綺麗だなぁーっ。なぁハイチェ! 沖縄とかも目じゃねえんじゃねえか!?」

「オキナワ?」

「あー……マスターの国にある地名です」


 と、沖縄に引っかかっているロゼに、めんどくさそうな顔で説明するハイチェ。ここが異世界だって、覚えちゃいるんだけど、その立ち振舞が全然身につかない。


「すっげすっげ! 帆船って結構速いんだなぁ」

「……あんた、帆船見たこともないって感じね」


 俺のはしゃぎっぷりをどう思ったのか、ロゼは眉間にシワを寄せて、隣に並んで俺の顔をジッと見つめた。


「んー、まあ、そういや船に乗ったこともねえな。船酔いとか大丈夫なのかな?」

「兄ちゃん、船酔いが心配かい?」


 後ろから声をかけられ、振り返ると、そこにはものすごくガタイのいい、日焼けした中年男性が立っていた。そのおじさんはニヤリと笑い、俺に小瓶を渡してくれた。中には丸薬が入っていて、開けて匂いを嗅いでみると、夏の原っぱみたいな青臭さが鼻をついた。


「これは?」

「船酔いに効く薬草を固めたものでな。船に乗ってる間、一日一錠のペースで飲みな」

「へえーっ、ありがとうございます!」

「あぁ、でもちょっと強い薬だから、飲む前になんか食っといた方がいいぞ。あそこの店とか美味いぞぉ」



 と、船先にある、屋台とテーブルが並んでいる場所を指さした。

 何の店だろう、でも、食い物の店となれば行ってみたい。時間も昼飯時だし。


 もう一度、改めておじさんに礼を言って、手を振って別れた。


「飯だ飯だ、腹減ったぁー」

「なんだかマスター、食べてばかりですね」


 そういや、そうだな。だって飯が食ったことない味ばかりだから、美味いし楽しいんだもん。


 屋台の前まで歩いていくと、真っ白な服(コックの服っぽく見えるが、ボタンなどがない。紐で前が閉められているみたいで、甚平っぽいシルエットだ)を着て、何かを切っているおじさんが、こっちを見て微笑んだ。


「いらっしゃい。珍しい格好だねえ、どこの国の生まれだい?」


 そういえば、まだ学ランのままだった。まあ、しばらくこれでいるつもりだが。ハイチェの魔法で洗濯はいらないし、破けても直してもらえるし。


「日本っす!」

「ニホン? あぁ、ごめんねえ、聞いたことないや……」

「いいっすよ。すっげえ田舎なんで」


 そう言った方がいいんだよな?

 ちらりとハイチェを窺うと、やつは小さく頷いていた。


「それで、ここなんの屋台なんですか?」

「あぁ、ソナって魚のサンドイッチだよ。プグミス特産のカタクチパンに、酸っぱいソースで味付けしたソナの刺し身を野菜と一緒に挟んでるんだ」


 ほぉ、なんだかすげえ美味そうだなぁ。

 酸っぱいソース、というところが非常に食欲をそそる。夏が近いんだろうか? ちょっと暑いし、いいかもしれない。


「ハイチェはいるか?」

「そうですね、いただきます」

「なら、あたしも」ロゼが小さく手を挙げる。

「んじゃあ、そのサンドイッチ三つください」


 おじさんは「あいよー」と返事をして、調理を始めた。ハイチェはそれをジット眺めているが、俺は作り方に興味はないので、屋台から少し離れて、海をぼんやり眺めて暇を潰すことにした。


 すると、隣にロゼが立って、いきなり「あなた、ニホンって国から来たのね」と言い出した。


「ん、そうだけど」

「そんな国、聴いたことないわよ」


 そりゃあ、異世界の国だもんな。あるわけないだろう。


「でも、あんたの服みたいに黒くて、魔法が文化として根付いていない国には、覚えがある」


 一体何が言いたいんだろう? 


 俺達が異世界から来た、って察しがついたのだろうか。――いや、こっちに異世界転移の魔法があれば、そういう発想にもなりそうだけど、ハイチェの話っぷりだと、そういう感じでもなさそうだしな。


「当てましょうか。あんたの、ホントの出身国」


 あ、やっぱり本当の察しはついてないっぽいな。

 ドヤ顔ぶっこいているところ悪いが、その顔と今の発言だけで、これから言う事が全部間違っているのがわかってしまう。


「あんた、キャビンの出身でしょ」


 それどこー!?

 びっくりするくらい聞いた事のない国で、俺はどうにか頑張ってその国を想像しようとしてみた。


 えーと、多分、話から察するに、民族衣装が黒くて、魔法が文化として根付いていない国、なのだろうが、それしかわからない。


 あとは、出身国を隠す必要が生まれる、という事情がその国にある、くらいだろうか。


「えーと……ごめん、そんな国、聞いたこともない……」

「はっ!?」


 さすがに、結構ドヤ顔をしていたので、恥ずかしくなったのか、ロゼは顔を少し赤くしながら、俺の顔から水平線へと視線を反らした。


「……絶対キャビンだと思ったのになぁ。あの年中葬式やってるみたいな薄暗い国。それが嫌になって逃げ出してきたのかと思った」

「なんだその国。絶対行きたくない」


 この世には薄暗い国があるもんだなぁ。

 でも、ちょっと興味もあるな……。


 その国がどこら辺なのか訊こうと思った時、ハイチェが背後から「買ってきましたよ」と、俺の隣に立って、サンドイッチを渡してきた。


「サンキュー」


 反対側に立っていたロゼにサンドイッチを回して、三人でサンドイッチをかじった。


「うおっ、うめえー……。中のソースと野菜の水分なのか? カタクチパンの固さがちょうどよくなってんな」


 このソナって白身魚の刺し身も新鮮で美味い。肉厚で、パンとは異なる歯ざわりが非常にもっと噛みたいという気持ちを生み出す。


 酸っぱいソース、というのが、ハーブと柑橘類、酢(ビネガーと言うべきか?)を混ぜた物だろう。なんだか元気が出てくる。


 海の男にしては洒落たメニューだ。俺の海の男メニューイメージは、魚をさばいて醤油ぶっかけて口に放り込む、だし。


「……で、あんた達はこれからどうするの? シーベル大陸についたら、港町のキコーナからスタートするわけだけど。そこからアテはあるわけ?」

「……どうなのハイチェ」


 なんで主人のお前が把握してねえんだ、的なロゼの視線はスルーして、ハイチェに訊いてみる。


「そうですね。とりあえず、路銀も稼ぎたいですし、働き口を探したいですね」

「ふうん。なら、ちょうどいいわ。冒険者ギルドに登録して、私とパーティ組まない?」


 冒険者ギルド? パーティ?

 なんだろそれ。


「あたし達みたいな旅人が、各地で稼げる最もポピュラーな手段よ。一度どこかの街で登録しておけば、いろんな街で仕事が受けられるわ。たとえば、魔物を狩ってこいとか、どこどこの街から荷物を受け取ってきてくれとか。パーティを組んでれば受けられる仕事も多くなるし、正直、あんたらは強いから、行くアテがないのなら、あたしについてきてくれると助かるんだけど」


 どうかしら?

 と、微笑むロゼ。正直、魔法使いが一緒に旅してくれるというのは、ロマンを感じる。それになにより、頼もしい。


 俺は全然いいけど、ハイチェはどうだろう?


「私達は構いません。どうせアテのない旅。ただ世界を見て回るだけのものです。ですが、ロゼ様もそうなのですか? 目的があるというのであれば、話していただけると気持ちよく承諾できるのですが」


 ……そういえば、確かに、ロゼの旅がどういう目的なのか知らないな?

 ロゼはサンドイッチを頬張って、咀嚼してから、少しけだるげな表情で喋り始める。


「魔法の修行よ。すごい魔法使いになるために修行してるの」

「へえ、でも、あれだけのことができるんなら、別にいいんじゃねえの?」


 人を凍らせたり、フゥムだっけ?  あんな火だるまになったワニみたいなの出せるなんてすごいと思うんだけどな。

 しかし、ロゼは、ゆっくりと首を振る。本当は認めたくなさそうに。


「――フラメル家は、魔法の名門なのよ。その技術で貴族入りを果たしたってくらい、魔法の技術は国で認められてる。あたしはその落ちこぼれ。家に認めてもらうためにも、修行したり、ロストした遺跡から魔法具を探したりしてるのよ」


「ロストした遺跡って?」


「今から何百年前かわからないくらいの昔、どこにも記録が残ってない空白の時代があるの。すごい技術力を誇ってたらしいけど、記録が残ってないから、各地に残ってる用途のわからない遺跡しかない。でも、そこからはたまにすごい魔法具が出土したり、歴史的な発見がされたりしているそうよ」


 なるほど。ロゼは、そこからすごい魔法具とやらを見つけて、研究して、魔法の力を高められないかと思っているわけか。

 悪いことをしようとしているわけじゃないし、ロゼのシビアな感覚は俺達の旅には必要だろう。

 ロゼが同行してもいいんじゃないか? という意味を込めてハイチェを見ると、ハイチェは頷いてくれた。


「わかった。一緒に行こうぜ、ロゼ」


 手を差し出す。

 こっちにも握手って文化、あるのかな。一瞬それが心配だったが、ロゼが俺の手を取って、握ってくれた。


 やはりどんな世界でも、人と人とのつながりは、握手から始まるらしい。

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