第7話『鍛えますから』
盗賊との戦いなんて、正直終わったあとでも手が震えていた。
元の世界じゃ、泥棒一人に会ったって命の危険を感じるレベルなのに、それが大群で来て村を襲うのだ。
ビビらなかったのは、ベルトやハイチェ、ロゼがいたからだ。
浮足立っていて、恐怖の前に緊張が来てくれたからだ。
俺は正直ビビった。
異世界に来たから、ファンタジーの世界に来たもんだと、だから現実感がなかった。
でも、ここは現実なんだ。
傷つく人達を見て、それがよくわかった。
ここがファンタジーだと思っていたのは、俺だけなんだ。
宿屋の中に避難した村人たちに、事が済んだことをハイチェと共に報告しようとした俺だが、ふとそんなことを考えてしまい、ドアノブをジッと見つめていた。
「マスター」
後ろに立っていたハイチェの声にやっと意識を取り戻し、振り返る。
いつもの無表情で、ハイチェは俺の目を見据える。水晶のようなその瞳に、心の奥底まで見透かされそうだと思った。
「この世界を現実として、本当に受け入れるまでに時間がかかるのはわかります。あなたには、ここが現実だと思えるほど、この世界の情報がないのですから。受け入れるその時までは、私が守りますので、ご安心ください」
見透かされそう、というより、すべて見透かされていた。
さっきまで俺をからかうようなことばかり言っていたのに、急に真面目なことを言い出されてちょっとびっくりしたが、俺は「大丈夫。ちょっと驚いただけさ」と言って、ドアノブを押した。
「あぁ、あんたっ! だ、大丈夫だったのかい……?」
青ざめた顔で、宿屋のおばちゃんが俺の体を見つめる。
初めて会った俺を心配してくれたのか、とちょっと嬉しくなり、できるだけ優しい笑顔を作った。
「大丈夫っす。盗賊連中は、倒しましたから」
その言葉に、宿屋の中に避難していた村の人たちが沸き立つ。
口々に感情を言葉にしているから、ほとんど聞き取れないが、当然嬉しがっているようで、外に飛び出していく。
「あっ、ちょ、まだ無力化したわけじゃないから外出るのは――」
俺が止めようとすると、ロゼが「それなら大丈夫」と、親指で家の外を指す。
見てみれば、何故か村の中心広場に大きな氷がそびえ立っていて、中には盗賊達が閉じ込められていた。りんご飴を思い出してしまい、なんだか自己嫌悪だが……。
「さっきあたしがやっといた。ロープとか手頃なモノなかったから、ああいう風になっちゃったけど」
「すげえ! あんな魔法、いつの間に……」
「召喚魔法に比べたら時間はかからない――って、これも常識じゃない。あんた、何も知らないのね」
「あ、あはは。いや」
ロゼになんと言おうか、日本人特有の曖昧な笑みでごまかしていたら、後ろからハイチェが助け舟を出してくれた。
「マスターのいた国は魔法が一般的ではなかったのです。学んでいた私が珍しいくらいで」
「はぁ? 魔法がなかったら、どうやって部屋の明かり灯すのよ? お湯沸かしたり、遠くと交信したり――」
ロゼが真上を指差すと、そこには確かに何か電球のような物があった(電球ではなく、中に魔力に反応して光る発光石という石と、魔力を溜めておいて放出し続ける貯石という石があるのだと、あとでハイチェに聞いた)。
「魔法とは違う技術がある国なのです。私の魔法も、魔法というよりは、そっちの技術に近いモノですし」
「ふぅん……。ねえ、それ詳しく教えてよ。あたしの魔法にも活かせるかもしれないし」
二人の話を聞きながら、俺もハイチェに聞きたかった事があったのを思い出したので、二人の間に割り込んだ。
「俺にも、この力の使い方教えてくれ」
ハイチェにベルトとガントレットを差し出し、彼女の目を見つめる。まるで水晶のような感情を見せない瞳に飲まれそうになったが、俺はそれでも、その瞳から目を反らす事はしなかった。
「……どうやら、マスターの方が急を要するようですね。いいでしょう。……すみませんがロゼさん、その話はまた今度で」
「わかった。こっちは急ぐ話でもないしね。今日は部屋に帰って寝るわ」
あくびをしながら、髪を指で梳き、階段を登っていくロゼ。その中ほどで振り返り「あの氷はほっといても二週間くらい氷っぱなしだから。シーベルについたら、向こうの騎士へ知らせに行って引き取ってもらいましょ。それじゃ、また明日」と、手を振って部屋に戻っていった。
それに手を振り返して見送り、俺達も部屋に戻る事にした。この話は俺達の事情に深く突っ込むことになるだろうし、誰かに聞かれるのは避けたい。
階段を上がり、部屋へ戻ると、俺たちはお互いのベットに腰を下ろして向かい合った。
「さて……。ベルトとガントレットの使い方、でしたね。それでしたら、作った人に連絡するのが一番かと思います」
「作った人、って――神様? 連絡なんて取れるのか?」
少々お待ちを、と言って、ハイチェはエプロンドレスのポケットから、ピンク色の砂の入ったビンと、小さな四角い紙を取り出した。紙を床に敷いて、その上にピンクの砂を盛り、指先から魔法で火を出してそれを炙った。
形的には、お灸とかお香とか、それっぽく、実際煙がもくもくと立ち込める。
――すると、驚いた事に、その煙が、みるみる形を成していき、宙に浮かぶ神様となっていた。
「もう連絡してくるとは、思ったよりも早かったじゃないか、藤間前くん」
腕と足を組み、まるで宙に座るような体勢で俺を見下す神様。その表情はなんだか、遊園地に連れてきた子供が思いの外早く疲れた親のような、拍子抜けしたようにも見えた。
「早い、って。別に連絡すんのに早いも遅いもないんじゃ」
「いやぁ、私は正直、異世界に来て変身もできてで、楽しむのに精一杯だから、しばらく連絡はしてこないと踏んでたからね」
神も全知ってわけじゃないのさ、などと嘯き、ぐいっと体勢を崩して逆さまに立ち、俺の前に顔を突き出してきたので、俺は驚いて軽く背を反ってしまう。
「それでどうしたのかな? 悪いが、私はこれ以上キミに何かあげたりという事はできないよ。一応神様だからね。平等主義なのさ」
「いや、そういうんじゃなくて――これの使い方、もっと詳しく教えてほしいんです」
傍らに置いていたベルトとガントレットを少し掌で押し、神様に存在をアピールした。
「ナイツドライバーと、クリスタルオーサーのかい? ……ハイチェ、キミから説明しておいてくれないか。その為のキミでもあるだろう」
「すいませんオーナー。私には関係ないと思って、正直あんまり聞いてませんでした」
「えぇ……」
こっちも「えぇ……」って言いたい。作った人にさせるのが筋、とかじゃなくて、聞いてなかっただけかい。
「まあ、それなら教えるのは別にかまわないけど……。なんでまた?」
「……盗賊に、今泊まってる村が襲撃されて」
「……それを守りたかったってことかい?」
俺は首を振って、その言葉を否定した。もちろん、守りたかったのは合っているのだが、理由としては違う。
「盗賊が来て、村が襲われて――それでやっと、俺はこの世界がファンタジーじゃなくて、現実だって自覚したっていうか……」
「なるほど? 無理もない。キミにとってはハイチェの存在ですら、本来ファンタジーの存在だからね……」
するりと、頭を上に戻して、神様は「いいだろう」と頷く。
「教えてあげよう。ナイツドライバーと、クリスタルオーサー、本来の使い方を」
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