第6話『手が届くから手を伸ばす』

「あれま、どうしたんだろうねえ……」


 おばちゃんがそう言って、簡易食堂から出て窓へ向かう。悲鳴というか、外が非常に騒がしいのだが、いったいどうしたのだろう。

 口の中の味を途切れさせるのがもったいなく思った俺は、スープに浸けたパンをかじりながらその背中を見つめていた。


 すると、おばちゃんが慌てて戻ってきて、青い顔で


「あんた達、向こうに裏口があるから、そこから早く逃げなっ!」


 なんて言って、まだ俺たちが開けていない階段を破産で反対側にあるドアの方を指差した。


「に、逃げる? なんでまた。なんかあったんすか?」


 さすがにただ事ではないことくらい、俺にだってわかる。パンを置いておばちゃんに向き直ると、おばちゃんは


「盗賊だよぉ……。まさかこんな貧乏田舎にまで来るようになるなんてねえ……」

「盗賊!?」


 うぉぉ、全然想像できねえ。盗賊なんてリアルで見たこともなきゃ、ドラマでもあんま見ないよ。


「まさか、盗賊なんて珍しいわね」


 ロゼがそう言って、窓の方を睨む。現地の方々が言うように、どうやら本当に珍しいんだなぁ。

 ……って、そんなこといってる場合じゃない。


「ハイチェ!」

「もちろん、わかっております」


 さすがハイチェ。俺の言うことを全部言う前に理解してくれる。

 俺と同時に立ち上がってくれる。


「おばちゃん、まかしてよ。俺達がなんとかするから」

「なっ、何を言ってるんだい。あんたらはこの村とは関係ないんだから、とっとと逃げなっ!」


 そうはいかない。俺はこの世界に、正義の味方になりにきたんだから。この状況で「わかった、逃げる」なんて言い出すようでは、死んだ意味がない。


「やれやれ、酔狂な……」


 ロゼは溜め息混じりにそう言って、俺の肩を軽く叩いた。


「あのね、あんただけ残る、なんて言われちゃったら、あたしが逃げにくくなるじゃない」

「ええ? 別に、逃げりゃいいじゃん。俺らでなんとかするから」

「そんなのね、貴族の前じゃ通用しないの。あたしだってフラメル家の長女なんだから」


 よくわからなかったが、ロゼも立ち上がったので、結局俺達三人とも盗賊に立ち向かうことになったようだった。ハイチェは強かったので参戦してくれるのはありがたいが、ロゼはハントベアにも襲われていたし、あんまり強い印象がないから、できれば逃げてほしかったのだが。


「ロゼは無理しなくてもいいんだぞ?」

「む、無理ってなによ。あのね、さっきの失態の話してんだったら、それはゼンの常識知らずと返させてもらうわ」


 よくわからないので首を傾げる俺。どうも自信があるらしい。まあ、自信があるならいいんだけど。


「とにかく! おばちゃんはここに居てよ。俺達がなんとかするから」


 俺は腰にベルトを巻く。

 そして、おばちゃんが何か言おうとした(まあ、十中八九俺達を止めようとしたんだろうけど)のだが、どうせ止められたところで止まりやしないのだから、俺はとっととドアを飛び出す。


「はぁ……。話を訊かないマスターですねえ……」

「あなたも大変ね、ハイチェ……」

「これからが思いやられます」


 後ろで会話する女二人。なんだ? 女二人より、俺の方がやかましくないか?


 俺の正義のままの行動をなんだかバカにされている気がするけれど、しかし、外に出ればそんな言葉は忘れた。

 盗賊と思わしき、ボロの衣服を着た男達が、村の住人達を追いかけていた。


「行くぞ、二人とも!」

「行きたいのはやまやまなんだけどね」


 走り出そうとした俺を止めるみたいに、ロゼの声がテンションを下げてくれる。


「なんでよ!? 行こうよ!?」

「あのね、私、魔法使いなんだから、前線に出れるわけないでしょ? あたしが魔法陣描くまで時間稼いでてちょうだい」

「よ、よくわからないけど、わかった」


 ポケットからクリスタルを取り出して、ベルトの中に装填。腕をぐるりと回して、叫ぶ。


「変身っ!」


 俺の体に暖かいエネルギーが絡み付き、それが俺の体を強くし、鎧姿に変わる。白銀の鎧に赤いラインの入ったその姿こそ、仮面騎士である!


「行くぞ――おッ!?」


 走り出そうと地面を強く踏んだ瞬間、なぜか首根っこを掴まれて止められた。俺を止めたのは誰あろう、というか、わかりきっていたが、ハイチェである。


「マスターはここでロゼさんを守っていてください。ここは私がやります」

「や、やるって、ハイチェが? そりゃ戦闘もこなす、とは聞いたけど、俺が行ったほうがいいんじゃないの」

「お言葉ですが、一対多には私のほうが向いています。早くこの混乱を収めたいのなら、私におまかせください」


 早くこの混乱を収めるというその意見には賛成だ。ハイチェがそういうのであれば、彼女に任せよう。もしダメそうならロゼを抱えて屋根の上にでも置いてから、ハイチェを手伝えばいいんだし。


「わかった。なるはやで頼むよ」

「わかっております、マスター」


 ハイチェはそう言って、前髪を止めていたヘアピンを引き抜いて、それを振るった。いつ、どうしてそうなったのか、仮面騎士として強化されているはずの俺の目でも捉えきれなかったが、そのハイチェが持っていたヘアピンがいつの間にか、禍々しい形をした槍へと姿を変えていた。


「魔槍、ハーデス」


 ハイチェは一足飛びで、一番人が集まっているだろう場所へ飛ぶ。


「なっ、なんだおま――へぶっ!」


 悲鳴を上げる盗賊の横っ面を槍の柄でぶん殴り、気絶させる。


 槍をグルグル回して、地面に突き刺した。

 闘争心を高める為、あるいは周囲の盗賊達を威嚇する為だったのか、それはよくわからないが、そう言って周囲を見回す。


「早くお逃げください。ここは私に任せて」


 周囲の村人にそう微笑みかけてから、今度は盗賊達を睨みつけ、横薙ぎに槍を振るい、包囲網に穴を開けた。


「た、助かったっ、ありがとう!」


 包囲網から抜けた村人達が走り出し、俺は「こっちだ! この家の中入って!」と呼び込む。


「待てコラァ!」


 逃げた村人たちを追いかけてくる盗賊に、俺は思い切り右ストレートを叩き込んでふっ飛ばした。


「ここは俺達が守るんで、家の中でじっとしててください!」


 村人達が宿屋に入ったのを確認し、俺は地面に魔法陣を描いているロゼの元に戻る。何か必死の表情をしているが、俺もこういう場面が何せ初めてなので、


「どうだ! 描けたか!?」

「急かさないでよね! 描けたけど! 今から詠唱入るから邪魔しないで!」


 おっそいなぁもう! と、地団駄を踏もうとしたが、ロゼの足元にある魔法陣は非常に複雑な模様が描かれており、そりゃ時間かかるわなと納得したので、やめておいた。


 魔法陣の中で指を組み、まるで祈りを捧げるシスターのように


「統べる――ロゼ・フラメルの御名を知る者、我が命運をその滾る両腕で守る者よ、黄昏の中に在りて太陽の様に輝くその体を、我が為に殺し、我が為に滅びよ。来なさい『フゥム・ブロッキー』!」


 ロゼの目前の地面から、重たいものを引きずる様な音を立てて、火だるまになった人型のワニのような怪物が現れた。そいつは尻尾を引きずり、牙からよだれを垂らしながら、その場にずっと立っている。


 ちらりとこっち見てるんだけど、まさか美味そうとか思われてないよね?


「さぁ、ゼンも行きなさい。私はもう大丈夫。魔法陣の中にいれば安全だし、ここはフゥムが守るから」


 どういう意味だろうと思い、俺は軽く魔法陣に手を伸ばしてみた。すると、何か見えない壁に指先が触れる。バリアが張ってあるようだ。


「――初めて召喚した召喚獣が逆らっても大丈夫なよう、召喚の道作りと安全策を兼ねて、魔法陣を張っておくのよ。まあ、フゥムは結構呼び出したから、もう襲ってはこないだろうけど、盗賊がこっち来ても嫌だからね」


 へえ、なるほど……。

 魔法陣の中から召喚獣とやらが出てくるのかと思っていたが。

 ――って、そんな感心してる場合じゃねえ。


 地面を蹴って、村の中心で嵐のように槍を振るいまくっているハイチェの元に駆け寄り、背中を合わせる。


「おや、マスター。あっちでロゼさんと夕食の続きでも食べながら、私の戦いを見ていてもいいんですよ」

「冗談! 俺はできることがあるのに、人の影に隠れるっていうのはしたくないの!」


 拳を握り「来るなら来い! っていうかできれば降参して! 怪我したくないなら!」と周囲を囲む盗賊達を威嚇する。

 正直、この体を満たす力があれば負ける気はしないが――戦いが避けられるのなら、それが一番いい。死人はまだ出ていないとはいえ、人が傷ついているし、無罪というわけにはいかないから捕まってもらうが。


「ケッ、冗談言ってんじゃねえよクソガキ! こっちは仕事でやってんだ!」

「ちょっと強いかもしれねえが、こっちの方が人数多いんだよ! すぐガス欠になるさ!」


 やるしかないか。

 地面を軽く踏み、蹴り足と地面の具合を確かめる。


 だが、いきなり肩に手を置かれ、その手が俺を思いっきり地面に叩きつけた。誰だか考えるまでもない、ハイチェである。


「痛ッ!? なんなのハイチェちゃん! 君、後ろから俺を乱暴に扱うのに定評あるね!?」

「周囲に村人がいなくなったので、そろそろ殲滅します。その為にはマスターが邪魔です。寝ててください」


 えぇー……。変身したのに、結局俺何にもしないの?

 ロゼが読んだフゥムとやらまで、向こうの方でめちゃくちゃ盗賊をちぎっては投げしてるのに……(殺してない辺り、ちゃんとロゼの言うことを聞いているらしい。ウチのメイドとは大違い)。


「はっ! 殲滅ぅ!? ここからかよ。無理に決まってんだろぉ!」

「そうでしょうか」


 ハイチェが槍を髪留めにし、前髪へ戻した。

 そして、ゆっくりと両手を広げる。その広げた両手の指先が、何故かぼんやりと光っている。 


「フィンガー・ラッシュ・バレット」


 そう呟いたかと思えば、くるりとスカートを翻し、勢いよくコマの様に体を回す。

 ぼぼぼぼっ、と、ライターがついたような音が周囲に響き渡り、俺は思わず音の正体を探ろうとしたが、それはすぐにわかった。ハイチェの指先から、無数の小さな弾丸めいた形の光が放たれていて、それが機関銃のように周囲の盗賊達を射抜いていた。


「ぎゃぁッ!」

「ぶふ――ッ!」

「こ、このメイド、魔法使――ぐえ……ッ!」


 悲鳴を上げながら、まるでドミノの様にバタバタと倒れていく盗賊達。

 周囲から悲鳴が聞こえなくなった頃、ハイチェがその回転スピードを落としながら、寝ていた俺の首を掴んで、自分の頭くらいの高さに放り投げる。


「うおっ!?」


 驚いたが、仮面騎士として高められた身体能力のおかげで、なんとか地に足をつけて着地する事に成功。生身だったら尻打っちゃうかもしれないな、今の……。


「どうですマスター。ハーデスによる槍術、フィンガー・ラッシュ・バレットによる遠距離広範囲攻撃、そしてバイクへの変身。これが私の能力です」


 鼻で笑い、小さく唇を歪ませるハイチェ。

 俺は「強くね?」とか「俺の仮面騎士よりも能力多くてズルくね?」とかいろいろ言いたい事があったけれど、それを言ってハイチェがどういう行動を取るかわからなかったので、シンプルに


「すげえ」


 と、小さく手を拍手しておいた。

 あとでもっと俺のベルトについても説明してもらお。腕の手甲、なんにも使ってないぞ。

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