第4話『私に質問するな』
その後、ハイチェを一〇分ほど走らせ、俺達はやっと村に辿り着くことができた。
さすがに目立ってしまうので、村から少し離れた位置でハイチェにはバイクから人間形態に戻ってもらい、あらためて村に入る。
メインストリートなのか、石畳が中心からまっすぐ伸びていて、周囲にまばらに木造の家が建っているだけの、簡素な村である。村というか、集落に近い。
だが、近くには畑があり、海もあって、なるほど食うには困らないだろうという感じだ。
「ここがダイホ村よ。ま、特徴の無い普通の田舎村ね。」
そうは言うが、俺としてはかなり興奮していた。
何せ都内に住んでいて、田舎に一度も行ったことのない俺は、かなり興奮していた。海の匂いと土の匂いが混じって、なんだか懐かしさすらあり、元気が出てくる。
柵で囲まれた村、唯一の入り口である村の名前が刻まれた棒の間を通り、異世界で第一の村へとたどり着いた。
周囲に行き交っている人――どうやら農家の人らしい――に、宿屋の場所を尋ね、村の中心部にある二階建ての建物に入った。
「いらっしゃいませぇー!」
威勢のいいおばちゃんの声。頭に三角巾を巻いて、エプロンをした恰幅のいいおばちゃんである。どうやらカウンターの中で何か書き物をしていたらしく、羽ペンを台座に指して、カウンターを出てきた。
「おんやまぁ、旅人さんかい? 珍しいねえ、こんな田舎の島に来るなんてぇ」
「んー、まあね。ねえおばさん、ここらへんでロストした遺跡とか、知らない?」
と、いきなり何かわけのわからないことを言い出すロゼに「こんな田舎にそんなもんあったら、観光名所とかにしてるよぉ」と朗らかに笑うおばさん。
ロゼがこの島に来たのも、その遺跡とやらを探しているからなんだろうか。
「店主、私達三人、一泊です。お代はいくらです?」
「あぁ、はいはい。三人で、七五〇サークルになりますよ。あぁ、部屋なんだけどね、ウチには二部屋しかないんだよぉ。それでもいいかい?」
「ええ。私とマスターが一緒の部屋で大丈夫です」
ハイチェがそう言ったので、俺は慌てて「なんで!? ロゼとハイチェが一緒の部屋だろ普通!」と、ハイチェの肩を掴んで止める。
「マスター……そんながっつきすぎて逆に遠慮がちになる童貞みたいな止め方、やめてくださいみっともない……」
「やめろよ! 童貞は童貞って言われるのが一番嫌いなんだぞ!」
めんどくせえなこいつ、みたいに、頭をポリポリと掻いて、俺の耳に唇を寄せる。
「いろいろ話したい事もありますし、あまりロゼさんに訊かれるのも好ましくない事もあります。私とマスターが同じ部屋の方が、何かと都合がいいのです」
――そんなもん、なの?
別にそういう事情があるっていうんなら、それでもいいんだけど。
そういう事情があると、なんだか女の子と同室でもいいような気になってくるな。罪悪感が消されるというか。
「あたしも、さすがに今日会ったばっかの人と同室ってのもね。お二人でゆっくりしてて」
叫んだから疲れちゃったわ、と言って、カウンターに自分の分の硬貨を置き、横の階段を登っていく。
「あー、お嬢さん! 晩御飯は六時だよ! 送れないようにね!」
手を振って階段を登っていくロゼ。晩飯かぁ、そういや、いつもなら今頃、買い食いでもしてる頃かな。腹減ってきた。
「俺らも部屋行くか。明日は――なんか、港でも目指すんかな?」
「あぁ、それならこの島唯一の港が近くにあるね。だけど、今日はもう定期船の時間すぎてるから、行っても意味ないよ」
そう教えてくれたおばさんにお礼を言って、俺達も二階へ上がる。
二階は、短い廊下に二つドアがあるだけのシンプルな構造で、ロゼが奥の部屋を取ったのを確認してから、手前のドアを開ける。
ベットが二つあるだけの、シンプルな部屋だ。
でもまあ、こんなもんなのかな。窓から見える海も綺麗でいいし、充分充分。
「なあなあ、ハイチェは窓側のベットと内側のベット、どっちがいい?」
「窓側で寝たいクセに」
ハイチェは内側のベットに腰を下ろす。
バレてーら。異世界の景色をできるだけ見たいし、そもそも俺ってこういうの、窓際がいいんだよね。新幹線とか飛行機でも、窓際の席座りたいし。
俺はベットに体を放り出し、天井を見上げる。ベットの硬さ! うーん、実家とは比べ物にならんくらい硬いぜ。でもこれがいい。
旅って感じだ。
「明日は港に行って、大陸かぁ。どんなところなんだろうなぁ……」
「シーベル大陸はその名の通り、シーベル国が統治する大陸ですね。治安も悪くはないですし、自然に溢れ、綺麗な水と豊かな国土が特徴です。観光名所としては「天空の滝」が有名ですね」
「天空の滝!? なにそれすごそうだなぁ! 行きてぇー!」
「天空の滝というのは――」
「待って! 言わないで! こういうのは楽しみに、前情報無く行きたいの!」
足をばたばたさせ、ベットの上ではしゃぐ俺を見て、ハイチェが鬱陶しそうに顔をしかめた。やめてくれよ! いいだろ全く知らない世界来てんだからテンション上げても!
「……あ、そうだ。そういや、一つ気になってた事あんだけどさ」
「なんでしょうか?」
体を起こして、ハイチェと向き合う。
「なんで俺、異世界転移させてもらったんだろう? 別に俺じゃなくてもいいんじゃねえかなって思うんだけど」
「ふむ、マスターから出たとは思えないほど、良い質問ですね」
「バカにしてるな?」
「簡単に言うと、マスターは魂の純度が高いのですよ」
純度?
俺は咄嗟に金を思い浮かべた。純度が高いと値段が高い、というやつである。
「生き物には皆魂があり、神様はその純度が高い魂で世界を満たすのが仕事なのです。
そういう習性を持った生き物であると理解してください。しかし、純度の高い魂が生まれるのはそう簡単ではありません。
あらゆる要素に左右され、魂は汚れます。相当な大悪人とかでない限り、魂は黒くなりませんが。
つまるところ、神様はあなたがもっと魂が磨けるとお考えになったのです。だからこそ、ここで死ぬのはもったいないと、こちらの世界で生きるように言ったのでしょう」
「その魂の純度が高いと、なんかこう、生きてく上でいいことあるの?」
「別にないです。ただ神様が喜びます」
「なーんだ」
俺は再びベットに横たわる。
喜んでもらえるのはいいけど、俺にも何か旨味があるともっといいのに。まあ、死んだのにこうして異世界転移させてもらえてる時点で、ありがたい話ではあるんだけど。
「いやぁー、ご飯楽しみだなぁ。どんな飯なんだろうなぁー。――ん? そういえば、ハイチェって機械っつってたけど、飯食べられるの?」
「えぇ。食べ物を体内で特別な燃料に精製してるので」
「そうかぁ、んじゃ、一緒に食べられるな」
飯は誰かと食うのもいいもんだしな。これからハイチェとは長旅するんだし、俺だけ食うんじゃつまらない。
「さっきから質問ばかりですね……。やれやれ、機械とはいえ疲れるのですよ」
「嘘つけ。さっき「オートマタに疲れはありません」とか言ってただろ」
「細かい男はモテませんよ」
「俺にモテるモテないの話を振るんじゃないよ! 気にしてんの!」
「へえ」
わざとらしく目を丸くするハイチェ。うっわぁ、嫌な顔。やっぱオートマタでも女の子だと恋愛話好きなの?
「マスター、モテなかったんですか?」
「いや、俺も高一の時に、ちょっといい感じになった子とかいたのよ? でもさぁ、その子とデートまで漕ぎ着けた当日よ。おばあちゃんが大きな荷物持って歩いてるから助けて、子供が迷子になってたから助けて、そんなことが続いて、待ち合わせ場所に一時間遅刻よ」
「連絡とかしたらよかったじゃないですか」
「したよ。んでも、そしたら「なんでそんなことしてるの?」ってちょっと引かれちゃって。学校で噂広まっちゃってさぁ。女子から総スカン」
わざとらしく肩を竦めた。完全に暗黒時代である。いじめとかはなかったし、男子からは笑ってもらったので、別にいいんだけど。
「はぁ……。バカみたいなお人好しですね、マスターは」
立ち上がったハイチェ。部屋を出ようとしていたので、俺はその背中に「どこ行くんだ?」と問いかける。
「ちょっと必要物資を買いに行こうかと。マスターは寝ていてもいいですよ」
「ええっ! 俺も行くぞ! 探検しようぜハイチェ!」
「構いませんが、もう今日は質問禁止です。疲れました。さすがに多すぎます。欲張りな男もモテませんよ」
ニヤリと笑うハイチェ。その笑みを見て、俺のあしらい方を覚えられたような気配を感じたので、絶対に質問してやろうと誓った。
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