第3話『メイド・スピード・ラブ』

 体に何か、暖かい物がまとわりつくのを感じた。

 そしてそれは徐々に力強さを増していき、真っ白な鎧となった。


 真っ赤なラインが鎧に走り、もうなんの変化も無いことを確認して、体を見回す。確かに――これは、仮面騎士だ。その姿だ。


 本当に変身できたんだ、と俺は喜びに震えるが、しかしそんな暇ではない。


 ハントベアに向かって駆け出し、叫ぶ。


「うおぉぉぉぉりゃぁぁああッ!!」


 そのまま跳び、ハントベアを飛び蹴りでふっ飛ばした。

 ズドン、と、まるで拳銃が放たれたような音が鳴り、近くの木へとハントベアを叩きつける。


「えっ、えっ……? なに!?」


 襲われていた女性――桃色の長い髪をサイドだけ編み込んだ、紫のローブにトンガリ帽という、魔女みたいな格好をした女性は、ハントベアと俺を慌てたように交互に見ていた。


「ハイチェ!」


 俺が名前を呼ぶと、すぐにハイチェが「了解しました」と頷いて、女性の前に一足飛びで立ち、彼女を庇うように右手を広げる。

 さすが機械メイド。俺の要求を名前呼んだだけでわかるとは。


「ぐる……ぶふぅッ……」


 荒い息を漏らしながら、俺を睨んでくるハントベア。さすがマジの獣だけあり、今まで感じたことのない殺意だ。背筋が泡立つけれど、しかしそれよりも、今俺は、本物の仮面騎士になっているんだという喜びが勝る。


 仮面騎士なら、誰にも負けない。


 再び、まっすぐ突っ走って、拳を握る。


 けんに回るつもりだったのだろうハントベアは、慌てたように爪を振るうが、それを左手で押さえ込み、思いっきり踏み込んで、右拳を脇腹に叩き込んだ。


「ぶふぅッ……!!」


 地面を転がっていくハントベアは、そのままこちらを見もせず、逃げていった。

 それを追う気など無かった俺は、ため息を吐いて、先程の女性とはいチェの元へ小走りで向かう。


「見た見たハイチェ! すげくね!? 俺マジで仮面騎士になれたよ!」

「はいはい、よかったですね」


 警戒態勢を解いたハイチェ。


「ハントベアは自分より強い相手に突っかかっていかない、賢い生き物ですからね。すぐに引いてくれて助かりました」


 殺さなくてはならないですし、となんでもなさそうに言うハイチェ。さすがに生き物を殺すっていうのは、俺も嫌だしな……。そういう意味で、ハントベアでよかったというべきか。


 俺も、ベルトからクリスタルを取り出して、ケースに戻し、変身解除。

 すると、さっきの魔女っぽい格好の女の子が驚いた様に俺を見る。


「なに、そのベルト……? それでさっきの鎧を着てたってこと?」

「まあ、そうなんだけど。正確には変身ね」

「変身、って……。一瞬で装備を整える魔法なんて、すごいわね……。それに、身体能力も上がってなかった?」


 と、俺のベルトを見つめる魔女っぽい女の子。


「あ、遅れたけど、私はロゼ・フラメル。助けてくれてありがとう」


 魔女こと、ロゼが手を差し出してきたので、俺もその手を握り返し、


「俺は藤間前。ゼンって呼んでくれ」

「私はゼン様のメイド、ハイチェ・オートマタです」

「メイド……? ゼンはどこかの爵位持ちとか?」

「いや、そういうわけでもないんだけど。なんて言うのかなぁ……」


 俺が困って頭を掻きながら、どう言った物か考えていると、ハイチェが


「ええ。とても遠い国から、この世界を巡ろうと旅をしている最中なのです。私はそんなゼン様のわがままに付き合う、健気なメイドというわけです」

「ふぅん。ま、なんでもいいんだけど」


 わがままと言うが、俺だって神様に頼まれたからこっち来てるんだよ?

 しかし、いくら異世界に来たばかりとはいえ、神様が云々と言えばいらない混乱を招くのはわかっているので、俺は「そうそう」と頷くことしかできなかった。


「そう。世界を周ろうとして、こんな田舎の島に来るなんて、ずいぶん酔狂ねえ」

「……そうなの?」


 首を傾げる俺を、訝しげに見つめるロゼ。


「……よく見れば変な格好してるけど、あなたもド田舎から来たのかしら」


 なにせ死んだ時、学ランのままだったから、当然ここでも学ランのままだ。まあ、俺学ランって動きやすいし濡れても大丈夫だし、結構丈夫だしで好きだけど。


 旅にも向いてそうだと思ってるから、しばらくこれのまま行こうと思ってるよ。


「まあ、そんなとこ。にしても、ここ田舎なの?」

「……旅をしてるって割に、自分がいるとこの事も知らないなんて、変なの」


 そう言いながら、彼女は腰にくっついていたカバンから巻かれた紙を取り出し、地面に広げた。


 どうやらそれはこの世界の地図らしく、右上に見覚えの無い文字で「ケイアス」と綴られていた(なんで読めるんだろう、と思ったが、今更それくらい驚かない)。


 五つの大陸に、無数の小島が浮かんでいるらしく、形としては、なんだかちぎれた犬にも見える。犬の形をしたジグゾーパズルを床に叩きつけると、こんな形になるんだろうなぁ、という感想。


「私達が居るのは、ここ。プグミス島よ」


 ロゼが指差したのは、地図の一番右下――つまり、一番南東の位置にある小さな島。なるほど、これじゃあド田舎と言われるのもしかたないか。


「そうかぁ……。なあ、ハイチェ。とりあえず、こっちの大きな島目指すのが目標になるのかな?」

「そうですね」


 と、俺はこのプグミスから一番近くにある大陸を指差した。犬の前足っぽい部分である。


「あら、あなた達もシーベル大陸に行くの? 私も戻ろうと思ってたのよ。よければ一緒に行かない? 近くの村まで案内するし」

「ホントか? 助かるよ。俺達地図も持ってないからさぁ」

「……旅してるのよね? ホントに」


 ホントである。ただ、旅の開始地点がここだっただけで。


「それでは、行きましょうか」


 ハイチェはくるりとその場で回り「ビークルモード」と呟き、再びバイクへ変形した。


「……変身魔法? 何に変身したの?」


 バイクのハンドルを握ってみたり、いろんな角度から見ているロゼに、俺が「バイクだよ」と言ってみた。


「――バイク?」


 やっぱりバイクは無いんだ。早く大きめの町に行って、文明レベルを正確に把握したいなぁ。


「乗り物だよ。馬みたいなモンだと思えばいい」


 俺は跨って、後ろの席を親指で差した。


「後ろ乗りなよ」


 恐る恐るといった様子で、ロゼは後ろに乗った。


「俺に掴まったほうがいいよ」

「……? わかった」


 と、ロゼが俺の肩に手を乗せる。それくらいだと危ないと思うんだけど、まあ走り出せば身を持ってわかるだろう。


 俺はハンドルをゆっくりと回していく。


 後ろから「ふぅん」と息を吐くような声がして、


「これくらいのスピードなの? これなら歩いた方が速いんじゃない?」


 ロゼがあざ笑う様に言った。


「カッチーン」


 怒っている、というよりも楽しげに言ったハイチェは


「マスター、ロゼさんに私の真骨頂を味あわせたく、全力で走ってもよろしいですか?」

「えっ、いや、できればやめてほしいんだけど!」

「いいじゃない。ここから一番近い村まで、このスピードで行ってたら日が暮れるし。ここら辺の森は夕暮れ時はハントベアがたくさん出るから、抜けちゃわないとだしね」

「了解しました」


 ブルゥンッ! と、エンジンが吠える。

 吠えただけでは終わらないのが、犬とエンジンの違いである!

 走り出したバイクに乗っていた俺達は、いきなり風に叩きつけられ、バイクのスピードを把握していた俺でさえ「うおぁっ!?」と叫んでしまった。


「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃッ!? なにっ、なにこれぇ!? なんでこんな速いの!?」


 俺の後ろに座っているロゼが、思いっきり俺の首に手を回して抱きついてくる。

 おぉ、異世界に来てすぐ女の子の胸が背中に当たってるなんて、とても幸先がいいじゃないか。


 すげえ怖いけどね!

 なんで木に当たらないのか不思議でならないよ! さすがバイクそのものが運転してるだけあるけど!


「みっ、道案内! ロゼ! 道案内してくれ!」

「怖いっ! 無理!」

「ハイチェ! ブレーキ! ブレーキ!」


 握ってっけど効かねえ!


「どうですかロゼさん。私のスピードは。馬など目ではないでしょう、ねえマスター」


 あっ、こいつ、俺の「馬みたいなもん」発言もちょっと気にしてたな!?

 言ってよ! 謝るから! 説明するにはちょうどいいじゃん!


「認める! 馬よりすごいから! だから止まってハイチェ!」


 ザザザザっと地面とタイヤがこすれる音がして、急ブレーキで止まってくれたハイチェ。


 俺はとロゼは、一瞬前のめりになり、転けそうになるが、なんとか踏みとどまって体勢を立て直す。


「はぁ……はぁ……すっごいびっくりした……。あんなスピード味わったの、初めてよ……」

「ふぅ、すっきりしました。やはり走るのは良いものですね。できれば全力で走りたかったものですが」


 少し上機嫌そうなハイチェだが、あれで全力じゃなかったのかよと言いたい。


「それで、ロゼさん。村はどちらですか?」

「……私も、ちょっとは悪いんだけど」


 俺の背から離れたロゼを、肩越しに見る。

 なんだか歯切れの悪い言葉だな、どうしたんだろう。


「……村の方向、反対なの」


 別に大した労力を使ったわけではないからいいんだけど、俺は「マジかよ」とフロントカウルに肘をついた。


「ふむ、調子に乗りましたね」


 と、まるで他人事のようなハイチェ。

 調子に乗ったのお前なんだからね?

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