第2話『俺が変身する!』
石の扉を抜けた先にあったのは、森だった。森くらい、いくらなんでも元の世界で行ったことくらいあるから不思議でもなんでもないが、しかし、なんだか空気が異常に美味い。
「すぅー……はぁー……っ。なんか空気が濃厚、って感じだなぁ」
「マスターの世界とは、空気中にある成分が違います。この辺りは自然がいっぱいなので、マナが満ちているのでしょう」
と、ハイチェは俺の散歩ほど後ろに立って言った。
マナ、ってなんだろう。聞いたことはあるけど、詳しく知らないし。
「マナってなんだ?」
「簡単に言うと、エネルギーです。有機物の中にはマナが内包されており、人間の中にもマナがあります。人間のマナは魔力と呼ばれ、魔法を使うのに使われるのです」
ふぅん。つまり石油みてえなもんかな?
「――おっ!? なあなあハイチェ! あの青い鳥なんだ? 見たことねえぞ!」
「はぁ……」
呆れたようにため息を吐いて、ジッと俺が指差す方を見つめるハイチェ。
「あれはハピブルという鳥ですね。あの羽の美しさから乱獲されかけたのですが、そこかしこに居る割になぜか捕まらない鳥であり、あの羽は美しさだけではなく幸運のお守りになると話題になったそうです」
「へえー……」
俺は枝に止まっているハピブルという鳥に手を合わせて拝んでみた。
これからの旅の幸運をなんとか、約束はしなくていいけど願っていてくれ、と。
その願いを念じていたら、その途中でハピブルが飛んでいった。
「あらっ」
「願い事でもしていたんですか?」
「あぁ。ちょっと旅の無事を――」
飛び立ったハピブルを見送ろうとしたら、羽がひらひらと一枚落ちてきた。
俺はそれをそっと手に取る。まるでサファイアを羽の形に加工した物だと言われてもおかしくないほど、鮮やかな青だった。
「――降ってきたぞ?」
「そういう事もあります。いま現在流通している羽は、基本的に落ちている物を拾っているそうですし」
「へえー。でもラッキーだ! こんだけ綺麗なら、本当に幸運ありそうだしなぁ」
俺はその羽を学ランのポケットにしまい、もう一度深呼吸をし、背筋を伸ばした。
「さて、とりあえず村に行きたいとこだよなぁ」
「そうですね。マスターの健康状態にも影響しますし、拠点を決めておきたいところですね」
「飯とか、宿とかなぁ。……って、金ないけど」
「それでしたら、神様からある程度の路銀はもらっているので、安心してください」
あ、そうなんだ。
さすがに無一文で放り出す、なんて無責任な真似は神様もしないか。
しかし、自分でサッと言っといてなんだが、金があるってことは、経済流通がある程度の文明レベルはあるってことか。
「んじゃ、とりあえす村目指して歩くかぁ」
「歩く? そんな必要はありませんよ、マスター」
俺が「どういう事?」と尋ねる前に、ハイチェは「ビークルモード」と呟いて、スカートを翻すようにその場でくるりと回る。
すると、彼女が立っていた場所に赤いオフロードバイクがあって、ハイチェがどこかへ消えた。……この光景、消えたというよりも、まさか。
「えっ、これハイチェか!?」
「その通り。先程がオートマタモード、そして今がビークルモード。私は人間とバイク形態二つのモードを持つ機械人形なのです」
「へぇー……。便利なことで……」
バイクの免許は取りたかったが、両親から危ないからダメだと禁じられていた為、バイクに乗った事などなかったが、異世界なら免許がどうとか言うはずもないし、下手したらバイクがない可能性もある。
つまり、俺が無免許運転をしても、誰も咎めないのだ!
「乗っていいのか?」
「……バイクに乗る以外の使用方法があると言うのでしたら、ご自由に」
少し考えてみたが、結局乗る以外の使用方法は特に思いつかなかったので、ハイチェにまたがった。
……今はバイク形態だが、しかしそれでも、女の子にまたがるって、なんだかやらしいな。
「細かな操作は私がやるので、マスターはアクセルとブレーキ、ハンドルの操作だけで大丈夫です」
「オッケー」
俺はさっそく、アクセルを捻ってみる。少しだけタイヤが回り、ゆっくりと前進するのを確かめてから、走り出す。
「おっ、おぉぉ!?」
結構速かったので驚いてしまったが、なるほど。これは気持ちがいい。景色が矢の様に流れていき、風が頬を撫でる。
エンジン音が俺の男心をくすぐり、異世界でバイクに乗っているというこのシチュエーションに興奮していた。
別に女の子にまたがっているというこのシチュエーションに興奮しているわけでは、断じて無い。
あんまり速いと木にぶつかっちゃうので、少し慣らす程度のスピードで走っていると、
「ところで、マスター。今はどういう基準があって走っているのですか?」
「へ? いや、別に何も。ただまっすぐ走ってるだけだけど……」
なんかまずかった? と、タコメーター辺りを見つめる。
「村に行こうとしているんですよ。川を探すとか、そういう方針くらいは決めてください」
「……なんで川?」
「マスターは水を飲まなくても生きていけるのですか?」
バカですね、と言われて、ちょっと悔しかったので考えてみる。
「あぁ、喉乾いたら水場が近いほうが便利だもんな」
「そういうことです」
エンジン音にまぎれて聞こえにくかったが、完全にため息吐いたよこのバイクメイド。
「んじゃあ、水場を目指して走るかー」
などと言いつつ、結局どこに水場があるかわかってないので、適当にまっすぐ走らせていくという方針は変わらない。
いいなぁ、こういう旅も。何があったかを神に報告するという目的こそあれど、基本的にはノープランだし。
「疲れないか? ハイチェ」
「オートマタに疲れはありません」
そんな適当な話をしながらバイクを走らせていたら、突然
「きゃぁぁぁぁぁッ!」
と、ガラスを叩き割った時のような、甲高い悲鳴が聞こえてきた。思わず急ブレーキをかけ、周囲を見回す。
「ハイチェ、今の……」
「ええ、マスター。女性の悲鳴ですね。推定十代中盤、マスターと同程度の年齢と推測。悲鳴を上げた事から、突発的なトラブル――可能性としては獣に襲われているかと思われます」
「助けに行くぞ!」
「了解しました。では、悲鳴の方へ向かいます」
ハイチェの前輪が左へと折れ、エンジンが唸る。俺がアクセルを捻っているわけでも、ハンドルを操作しているでもなく、ハイチェが悲鳴の方向を認識して、勝手に向かっているようだった。
物の十秒ほどで、その悲鳴が響いてきた場所にたどり着く。
少し開けた場所のようで、そこにはとんがり帽子に黒いローブと、明らかに魔女のような格好をした、桃色の長い髪を靡かせた少女が、赤い体毛を持つ三メートルほどの熊にじりじりと距離を詰められているところだった。
服の腰部分が爪の形に裂けているところを見ると、どうもいきなり襲われたようで、命からがらこの状況まで持っていったようだ。
「なんだぁ!? 赤い体毛の熊!?」
「あれはハントベア。とても獰猛で、賢い肉食動物です。まさに漁師のように虎視眈々と、獲物を追い詰める様から、漁師の間では「狩りはハントベアから学べ」という言葉すらあるほどです」
「んなこと言ってる場合か! 助けるぞ!」
駆け出そうとした俺の首を掴んだハイチェは「待ちなさいこのバカ」とメイドの言動とは思えないほどの暴言を吐いてきた。
「バカってなに!? 危ない人を助けるのにバカも何もねえだろ!」
「それで死んだ男が、また同じ事を繰り返すのですか?」
ド正論である。俺だって、異世界に来て数分で死にたくない。
「安心しなさい。今、ハントベアは獲物の反応を観察しているところです。獲物が何か秘策を持っているか、毒を持つ生物か、など。後三十秒ほどは余裕があります。彼女を助けたければ、黙って話を聞きなさい」
そう言って、先程神様からもらったベルトのバックルを、俺の腰に当てると、ベルトが勝手に巻かれた。
さらに、手甲を俺の右手に装着させ、ベルトの左腰にある煙草の箱くらいのケースから、単三電池ほどのクリスタルを取り出した。
「このクリスタルをベルトに装填してください。そうすれば、あなたは無敵の力を手に入れる」
俺は、引ったくるようにそのクリスタルを受け取り、ベルトの側面のハンドルを引くと、クリスタルも同じ大きさの穴が空いていた。
「ここにハメりゃいいんだな!」
俺は、クリスタルを嵌めて、ハンドルを戻して、叫んだ。
「変身‼」
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