今日から異世界で正義のミカタ!

七沢楓

第一章『冒険へ出かけよう!』

第1話 正義のミカタ志望、異世界へ

 子供を助けようとして、死んでしまったらしい。


 放課後になり、家に帰って特撮番組を見るぞ、と勢いよく学校を飛び出し、家の近所までたどり着いた時である。

 横断歩道で信号が青になるのを待っていたら、近くの公園からサッカーボールがてんてん、っと地面を跳ねて、道路へと出ていく。


 嫌な予感がしていた。絶対と言ってもいいほどの予感通り、公園からは子供が出てきて、そのボールを追いかけていた。道路には車がビュンビュン走っているから、まさか出ないだろうと思っていたのに、一瞬躊躇しただけで、すぐに子供は道路へ飛び出した。


「ばっ……!?」


 周囲を見渡すと、トラックが走ってくるのが見えた。やばい、やばい、と、心の中で何度もサイレンみたいに繰り返す。一瞬だけ迷ったが、その後には、何を迷うことがあるのか、と走り出した。


 俺のプランでは子供を抱えて、向こうの歩道まで駆け抜けるつもりだったのに、焦っていた所為で躓き、子供の背中を思いっきり押す程度にとどまり、結果、俺は死んでしまった。



  ■




「まあ、安心してくれたまえよ。その子供は助かったから」


 と、いきなり声がして目を開くと、目の前には人型の光があった。

 首を傾げてその光をジッと見つめると、その光が徐々に光量を無くしていき、黒髪をポニーテールにした、中性的なスーツ姿の人間が現れた。男女どっちだかはわからないが、それよりも大事な事がある。


「あの子、助かったんですか?」


 スーツの人は、微笑んで頷いた。

 俺はホッと安堵のため息を吐く。だってトラックに撥ねられた時、痛いとかそういう次元じゃなかったもんな。体引きちぎれるかと思ったし、それで子供も助かってない、じゃ甲斐がない。


「あぁ。少し手に怪我をした程度で、命に別状はない。君は――そういうわけにはいかないが」


 微笑みを絶やさないスーツの人。


「そ、そうっすか……。やっぱ俺、死んじまったんすか……」


 だよなぁ……嫌な予感はしてたもんなぁ。こういう時って大体死ぬもんなぁ、って思ったし。


「へえ、助けようとしたら死ぬと思ってたのに、助けたのかい?」

「そりゃ、まあ……。子供が目の前で死ぬってのは、どうにも嫌だし……」


 できれば俺も助かりたかったが、さすがに緊張してしまったのだろうか、躓いてそれどことじゃなかったし。

 いやー……でも、うわぁー……マジかぁー……。


 俺はその場にへたり込み、深い深いため息を吐く。


 死んじゃったのか、俺? そうなるだろうなぁ、と予想はしてたが覚悟はしてなかった。


「はぁー……。やりたい事まだまだいっぱいあったのになぁー……。親不孝もしちまったし……」


 今頃、父さん母さん怒ってるだろうなぁ。

 それとも悲しんで泣いてるんだろうか。どちらにせよ、どうしようもないけど……。死んだら泣いている人が居ても、その原因を取り払ったりしてあげられないんだな。当たり前だけど。


「死んだ人間は、大体そう言うさ」


 と、なんだか訳知り顔のスーツさん。

 死んだのはわかったけど、ならこの人は誰? という疑問が湧いてくる。そして、ここはどこ? だが、周囲が真っ黒でなんにもわからない。


「申し遅れたね。私は、君たちの言葉で言えば、神ということになる。世界を作り、管理している者だ」

「か、神様……?」


 へたり込んでいた俺は、なんとなく正座を組む。俺はさっき、確かにトラックに轢かれたのに、周囲に光源も無さそうなのにこの人の姿だけ見える奇妙な空間に居る理由も、神様と魂だけの状態で出会っている、と言われた方がまだわかる。


 マジで神様なら、偉い人という言葉では収まらないだろうし、礼儀はちゃんとしとかないと……。


「はっはっはっは! いきなり信じて正座しだすやつは珍しいよ。えーと……?」


 手を振るうと、手の中に何か紙の束が握られていて、それを見つめる神様。


藤間前とうまぜん。一七歳、特撮ヒーロー『仮面騎士マスクナイトシリーズ』に憧れ、仮面騎士になりたいと願い、両親から「いい子でいればなれる」という嘘を吐かれるも、それを鵜呑みにして人助けに性を出す。小学五年生にしてそれが嘘だったと気づくも、今更長年の性格を変えられず、困っている人を見過ごすと体が痒くなってしまう――ね。変わった性分だねえ、君」


 おぉ……。両親と俺しか知らない事を知ってるとは。

 どうやら本当に神様らしかった。


「ふんふん……経歴も、申し分なし……ふんふん……」


 神様が書類を読み込んでいるが、どうやらあそこに俺の個人情報が書いてあるようだが……。神に自分を知られているというのも、なんだか嫌だなぁ……。


「あ、あのぉ……これって、俺が地獄に行くか天国に行くかの審査、みたいな感じなんですかね?」

「ん……? あぁ、君は行くなら天国だよ。安心したまえ」


 審査の必要もないじゃないか、と肩を竦める神様。えっ、じゃあこれなんの時間なの?


「ところで、ゼンくん。君は異世界の存在を信じているかな?」

「異世界? ――信じてなかったですけど、神様もいるんだし、あってもおかしくないんじゃないかって今思いました」

「話が早くて助かるよ。実際にあるのさ、異世界は。君たちが存在している世界、私はルミナスと名付けているが、それとはもう一つ、無軌道に進化を促したケイアスという世界だ」


 まったく話を飲み込めず、なんとか理解しようと頑張っていたら、神様から、


「ものすごく簡単に言えば、仕事で作った世界と、趣味で作った世界の二つがある、ということだ」


 と、小さくため息を吐いた。

 君がいた方が、仕事で作った世界だ、とも。


「それがどういう話なんですか?」

「最近、ちょっとルミナスの管理が忙しくてね」


 かれこれ数千年ほど、と小さく呟く神様。やっぱ寿命長いんだ。というより、寿命という概念がないのかもしれないけど。


「ケイアスの方を、少しほったらかしすぎてね。趣味の世界といえど、せっかく作った世界だ。把握しておきたいが、まだまだルミナスの管理で忙しい」


 そこで、だ。

 話を区切り、神様はニコリと微笑んだ。


「君、ケイアスに行って、現地調査をしてくれないか? 私の代わりに世界を見て、向こうがどうなっているのかを、私に報告してほしいんだ」

「……断ればどうなるんですか?」

「別にどうも。ただ、君は天国へ行き、そのまま魂を浄化されて記憶を失い、また別の命となるだけさ」


 要するに、単純に死ぬ、ということか。って、そもそも俺はもう死んでるんだから、別の世界と言えど、また生きるチャンスをもらっているんだよな、今。


 向こうで甦れないのは辛いが、俺は完全に死んだ身だろうし、仕方ないかぁ……。


「行くのはいいすけど……えと、向こうってどういう世界なんですかね。地獄みたいなところだったら嫌っすよ?」

「安心したまえ。ちらりと確認くらいはしたさ。大きな戦争なども起こっていないし、人間もいる。文明レベルは、さすがに私が助けなかったルミナスに比べると落ちているが、魔法もあるし、生活にはそこまで困らないと思うよ」


 なるほど。文明レベルが落ちるのか。江戸時代とか、中世とか、そんくらいかな?

 それに魔法もあるなんて、面白そうだし、冒険には憧れていた。いい機会だし、やってみよう。開き直ったらなんかワクワクしてきたぞ!


「わかりました! んじゃあ、そのケイアスって世界に連れてってください」

「まあそう慌てるな」


 と、神様が掌を突き出し、俺を静止させる。いやぁ、もう開き直ってケイアスに行くのを決めると、もうワクワクして早く行きたいんだよなぁ。


「君の世界にも悪い人間はいたし、向こうの世界は魔物がいる。ズブの素人の君が今すぐ行っても、死ぬだけだぞ?」

「えっ」


 じゃあどうするんですか、と神様を見る。

 神様がパチン、と指を弾いて鳴らした瞬間、神様の隣にメイド服の女性が立っていた。


「はじめまして、マスター。私は『ハイチェ・オートマタ』と申します」


 茶髪のショートカットに、こめかみ辺りの髪にシンプルな髪留めをしたメイドの女性は、恭しい動作で俺に頭を下げる。

 マスターって、俺?


「ハイチェは私の作った機械人形だ。彼女をキミに同行させる。両方の世界の知識もある程度は持ち合わせているし、戦闘も熟す」


 じゃあ彼女に異世界の調査を任せればいいじゃん、と思ったのだが、それを言って『あ、そっか、じゃあやっぱなし』と言われても嫌だし、もしかしたら俺を生き返らせようという心遣いなのかもしれないと思い、黙っておいた。


「へえー……すごいっすね、ハイチェさん」

「機械に敬語を使うバカはいませんよ、マスター」


 と、涼しい顔をするハイチェさん。

 ――ええと、つまり、敬語を使うなという事かな?


「そんじゃあ、よろしくハイチェ。――って、あの、とはいえ、さすがに女性に守ってもらいっぱなしってのも、ちょっと甲斐がないっていうか」


 ……向こうに行ったら強くなる努力をしようかな。仮面騎士だって特訓してたし、とまた一つ向こうでの目標を決めるが、いきなりハイチェさんが、赤い手甲とペットボトルくらいのバックルがついたベルトを差し出された。


「もちろん、君の戦闘能力がゼロでは困る。そこで、若くして死んでしまった君への同情と、まったく関係のない子供を助けた勇気への敬意として、君の夢を一つ叶えてあげた」

「まっ、まさか、これって……!」


 頷く神様。俺の想像はあっているらしく、胸が痛いほど鼓動を打っていた。


「これは所謂、変身ベルト。君を仮面騎士へと変える変身アイテムだ」


 ハイチェさんからベルトと手甲を受け取り、装着して触ってみる。玩具はいくつも持っていたが、それらとは違う重みと存在感だ。実際に変身できそう……と、俺はニヤニヤを抑えきれなかった。


 神様が再び指を鳴らすと、今度は床から、ずずずず、と引きずるような音を立てて、重たそうな石の扉が出てきた。

 それへ入るように手で促し、神様がにやりと笑った。


「では行きたまえ、藤間前くん。君の旅が良きものであることを期待しよう」


 扉に手をつけ、ひんやりとした石の感触に少しドキドキしながら押し、俺は異世界への一歩を踏み出した。

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