会議室での密会
空がオレンジ色に変わり始めた夕刻のこと。出川は会議室でパソコンと向き合っていた。先程まで会議を行っていた。が、プレゼンで失敗し、かなりのダメ出しを食らった。幸いにもその後の会議室が空きになっていたため、一人その場に留まって発表内容の見直しを行っている。
出川の意見が通らないのは今始まったことではない。だが10年近く務めているのに一つも意見が採用された事がないのは問題だった。成果を上げていないため昇格すら出来ず、すでに何人もの後輩に抜かれている。
「まだやっていたんですね。今回のは惜しかったと思ったんですけど」
キーボードを叩いていると突然背後から声を掛けられた。その声は出川の直属の上司のもの。上司ではあるが年下の女性で、出川を抜いて出世した後輩の一人でもある。悔しいが実力の差は役職として如実に表れていた。
「励まさなくて大丈夫ですよ。自分が一番わかってます」
「私は本当に今回は惜しかったと――」
「正直! クビにならないだけマシだと思っています。私より良い人材なんて、下にも上にもいくらでもいますから」
ついに出川はパソコン画面から上司へと視線を移す。その目には諦めの色が浮かんでいた。自分で言っておいて虚しい気持ちに襲われた。出川には社内で発揮する実力も、転職する勇気と能力も無い。それは本人が一番よくわかっていることだ。
「とりあえず、これでも飲んでください。休憩を挟まないと倒れますよ?」
そう言って上司が出川に差し出したのは栄養ドリンクと缶コーヒー。受け取る際に上司と目が合った。年上の部下という自身の立ち位置に、出川は気まずそうに視線を逸らす。屈辱を味わったのは一度や二度ではない。今ではその感情を制御することさえできるようになってしまった。
「意見そのものは悪くないと思います。プレゼンの説得力不足と、質疑応答のぎこちなさが原因でしょう。練習に付き合います。だから、次こそこの意見、通しましょう」
出川の表情が暗くなったのを見かねてか上司が笑いかける。もうすぐ陽が沈む。ノー残業デーの今日。会議室にいられる時間はもうわずかしかない。これ以上の作業をするなら場所を変える必要がある。
「このあと時間、ありますか? よろしければ一緒に食事でもしながら作業をしましょう」
出川にそう告げた上司の顔は、窓から差し込む太陽光に照らさてれ赤く染まっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます