第44話3.求める人に
その日、僕は家に帰り泣いた。
自分がしでかした事態の重さに耐えかねるように泣いた。
戸鞠との想いは……遊び? だったわけではない。と、自分に言い聞かせている。しかし、その中に、本当は戸鞠をただ単に僕のこの心のよりどころにした、と言う事に過ぎなかったんだと言う想いも湧き出てくる。
どうしたらいいんだ。自殺未遂……傷は擦り傷……傷の大きさの問題じゃない。心の傷の大きさの問題だ。
どれだけ、僕は彼女の心を傷つけてしまったんだろう。
しかも僕と戸鞠が付き合っていた事を恵美が知っていた。それを恵美は何も言わなかった。
恵美と一緒に河川敷で話した時「ユーキは寂しくないの?」と訊かれた。
それは律ねぇに対する僕の想いを訊かれたのかと、その時思ったが今思えば、恵美も寂しさの中で懸命にもがき苦しんでいたんだと言う事を僕は忘れかけていた。その恵美の想いが込められている事に今気が付いた。
「寂しい」のは僕だけじゃない事を……。
次の日僕は政樹さんと、ミリッツアに、先生の実家に行くとだけ告げて家を出た。
二人は何もその理由を聞かなかった。「そうか、行くのならこれを持っていけ」と、政樹さんがカヌレを僕に手渡してくれた。ミリッツアが持ち帰り用のボックスにカヌレを入れてくれた。
「お二人によろしく伝えておいて」そう言って僕に持たせてくれる。
そして「ゆっくりしておいで」ミリッツアが微笑みながら言った言葉が僕の胸を締め上げた。
先生の実家。そうそこは
恵美が愛し、想い、そして今もなお、苦しみぬいている心の中に存在する彼の家だ。
最初の時は頼斗さんに半ば無理やり連れていかれた。でも今度は自分から、その家を目指す。家、そうじゃない。僕は北城響音に出会う為にまたあの地へと向かった。自分の為に……。
電車を乗り継ぎ、房総半島の突き出た海辺の駅に僕は降り立った。
頼斗さんと一緒の時は車で来たが今回は僕一人きりだ。車なんてまだ運転できない。あの時より、時間は掛かった、でも内房線から眺める景色は僕の今のこの消衰しきった想いを少しなごませてくれた。
ゆっくりと海辺を走るその車窓から望める海を僕ただ目にしていた。
日の光が海に反射し光り輝くその光は、この心に何か暖かい想いを持たせてくれるようだった。
電車を降り駅から出ると海風が僕を包み込んだ。少しこっちの方が暖かい感じがした。
駅から目的地である先生の家までは歩いておよそ30分くらいだろう。小さな漁師町の風景を目にしながら僕はゆっくりと歩みだした。
シャッター街となりつつある商店街の中を歩いていく。人の声、ざわめき、静かな町の中はそんなものは感じさせなかった。
都会と違う何となく懐かしいこの雰囲気が、僕の足の歩む速度をさらにゆっくりな歩みに変える。
「何となく懐かしいな」そんな気分になるのはなぜだろう?
頼斗さんは「もう一つのお前の実家」と言ってくれた。
それは僕が響音さんと、同じだと言う事を言っていたのだろうか? 響音さんと同じ……。頼斗さんは僕を響音さんと重ね合わせているんだろうか。そんな想いを感じさせるこの静かな街並み。
ここで育ったあの二人だからこそ、思える空間と言うかのか? 沢山の想いもあるんだろう。
見憶えのある路地を曲がり、しばらく行くとあのとんがり屋根の家が見えて来た。
僕がここに初めて連れてこられたのは11月頃だった。なんだか遠い昔、ずっと昔の様な気がする。懐かしさと共に少し緊張感も沸いてきた。
「結城が来るのを待っているぞ」といくら頼斗さんから言われたにせよ、二人に会うのはこれが2回目だ。しかも今回は僕一人切りなのだからなおさら緊張する。
落ちこんだ顔なんか見せるわけにはいかない。
僕が落ち込んで、暗い顔をすればきっとあの二人は心配するだろう。そんな事は絶対にしてはいけない。僕は響音さんの代わり……ではないけれど、幸子さんは自分の息子、響音さんと同じくらい僕の事を思ってくれているのは確かな事だ。
それは初めて行ったあの二人の姿を思い浮かべれば分かる。
だからこそ、今僕が抱えている問題で、僕の心が今悔いている事を
その家を目の前にして一歩中に入ると、家の前にある小さな畑で移植ベラを持ち今日の日差しを受けない様につばの大きな麦わら帽子をかぶった
朝、家を出て来てここに着いたのはもう昼を過ぎていたころだった。
「結城」彼女は僕の名を言うなり駆け寄って、しっかりと僕を抱きしめた。
彼女の髪からとても懐かしいやわらかな香りがする。
懐かしくそして、遠い昔となったその想いをまた思い起こさせそうな香。
そう、母さんのあの香り。
「幸子さん、痛いですよ」あまりにもきつく彼女は僕を抱きしめていたから思わず声に出てしまった。
「ごめんごめん。あまりにも感激しちゃって、つい」
ゆっくりとその力を抜き、そっと僕から離れた。
「おかえり結城」そう一言僕の顔を眺め言ってくれた。
その顔は幸せに満ちていたよな微笑みを僕に投げかけてくれた。
ゆっくりと、何かが解けていくような気がする。こわばったものがゆっくりと……。
「さぁ、上がって、それにごめんね、汚れているのにあなたに抱き着いっちゃって、服汚れなかった?」
「大丈夫ですよ幸子さん。それにご無沙汰しています」
出来る限りの笑顔で僕は幸子さんに返した。
「うん、元気そうで何より、前に着た時よりも少し
「そうですか?」
「うん、落ち着いた感じがする」
そうだろうか? 今僕は失意の底に落とされたような状態でもあるのに。
僕の顔つきがそんなにも落ち着いたような顔つきに今見えるのなら、前に来た時の僕の表情はどんなものだったんだろう?
まだ両親を亡くして間もない頃。
あの日常の生活が一変し、僕が愛した妖精、恵美と偶然に一つ屋根の下に住む事になった頃。
その頃に比べたら今、僕が抱えている事は小さな事なんだろうか。いや、そんな事は無い……はずだ!
そんなにも些細な事じゃない。僕は戸鞠真澄と言う人の心を傷つけてしまったんだから。それに、……恵美の心にも僕は何かを植え付けてしまったらしい。
僕は恵美に対しては、僕のその気持ちをぶつけるんじゃなく、恵美のその想いを守ってあげたかったのに。恵美はもしかしたら僕の事でその心に、恵美までも大きさに関わらず、傷をつけてしまったのかもしれない。そんな想いを戸鞠への詫びの想いの背に乗せている。
「まぁ、まずはこんな所で話さなくても家の中に入りましょ」
そう言う幸子さんの言うがままに僕は玄関で「お邪魔します」と一言くちにした。
「ねぇ、結城、お邪魔しますはないでしょ。私はあなたの事身内……息子、響音とはとは言わないけど、そう思っているのよ。だったらそんな事言わないで、お願いだから」
僕に背を向け幸子さんが言った言葉は僕のむねに刺さる。
僕の家、もう一つの僕の家として彼女は僕を迎えている事に彼女、幸子さんの想いが伝わるような気がする。
「お昼は食べたの? お腹空いていない」
台所に向かう幸子さんが僕に何気なく聞く。
「食べてないけど、あんまりお腹空いていないんです。それと、政樹さんとミリッツアから、カヌレ頂いてきました」
「まぁ、そうなの。それじゃ遠慮なく」
箱からカヌレを一つ取り出し、この前来た時にはなかったこの居間に響音さんの遺影が飾られている前にそっとそのカヌレを置いた。
あの時、頼斗さんも彼が眠る墓石の前にこのカヌレを供えたのを思い出す。きっと響音さんはこのカヌレが好きだったんだろう。
「それじゃ、お茶入れるわ。ねぇ、結城疲れている所申し訳ないけど、あの人呼んできてくれる。作業場にいるから、そっと行ってびっくりさせてあげて」
肩にそろえた髪を振り向きざまになびかせ、彼女は茶目っ気一杯の笑顔でそう言った。
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