第31話2.表と裏・・・想いと気持ちの狭間に

 今年の森祭が終わった。

 吹奏楽部のステージの最後。すでに引退し、応援演奏をしてくれた3年生に花束が贈られた。

 そして、指揮者である顧問の北城先生から新たな吹奏楽部、部長へタクトが渡された。

 そのタクトを受け取ったのは恵美だった。

 恵美はこの森ヶ崎高校吹奏楽部の部長になった。

 部員全員から、そして引退した3年生から、この体育館にいるすべての人から、拍手が鳴り響いた。

 すべての公演が終わり、そして各教室が何時もの様に整然とした空気に戻った。

 「よし、決算報告書も出来た。後はこの現金を先生に渡せば、ぜーーんぶ終わり」


 「お疲れ様でした。笹崎君」


 戸鞠が「んーと」背伸びをしながら言う。

 「戸鞠こそ本当にお疲れさま」

 「ん、でも楽しかったなぁ。笹崎君と実行委員やれて。それにお目当ての物もちゃんとゲットできたし」


 「目当ての物、戸鞠何か買ったのか?」

 「へへへ、内緒……」


 照れ隠しの様に頭に手をチョコンと乗せてにこっと微笑んだ。

 その顔は少し赤らんでいた。


 「ねぇ笹崎君、帰りもし良かったら一緒に帰ろ」

 「別に構わないけど」

 「ありがとう」


  戸鞠はグルっと教室の中を見渡しながら

 「本当に終わっちゃったんだぁ。なんだか寂しい……」

 「祭りの後かァ」


 僕が呟くと

 「やっぱりお祭りの後って物凄く寂しいよね。なんだかこう、ぽっかりと胸の中に穴が開いたみたいで」

 「戸鞠でもそんな気持ちになるんだ」


 僕がからかいながら言うと

 「乙女心、少しは理解するように努力してよ笹崎君」


 少しプンとした表情を見せる彼女のその姿を見た時、何だろう……僕の胸の中で何かがざわめいた。


 霜月。十一月の日暮れは思いのほか早い。辺りはすでに暗くなり、学校から駅まで続く道にはすでに街灯がほのかに淡い光を放っていた。


 二人で職員室に行き、北城先生に現金を渡した時

 「お前ら本当にお疲れさんだったな。お前らが頑張ってくれたから俺も部の方に力を入れる事が出来たありがとう」

 ねぎらいの言葉をかけてくれた。


 「いえ、そんな事、楽しかったですよ」

 戸鞠はにこにこしながら先生に応えた。


 そんな僕ら二人を遠くから見るような感じで

 「おまえら意外とお似合いだなぁ。付き合ってるのかぁ」

 なんて言うから戸鞠は慌てて

 「そんなぁ、付き合ってるだなんて……」

 顔を真っ赤にして俯いてしまった。


 「冗談、冗談、すまん。それより本当にお疲れさん」

 そう言うとシラを切るように読みかけの書類に目を通した。


 全くこれでは墓穴を掘ったのは頼斗さん本人だ。僕にかまをかけて言ったつもりだったんだろうけど……。

 薄暗くなった生徒口玄関。下駄箱から外履きを取ろうとした時スマホにメールが入った。


 頼斗さんからだった

 「本当にすまん……後でな」

 まったく、頼斗さんらしい……ま、僕と彼との間での事なんだが。


 「あ、ちょっと待ってよ笹崎君」


 スマホを見ながら玄関を出よとする僕を戸鞠が呼び止めた。

 「ごめん笹崎君、渡したいものあったんだぁ」


 誰もいない事を確認するように戸鞠は辺りを少し見渡して、鞄から何かを取り出して僕の手に渡した。

 その手に渡されたものを見ると

 赤と黄色に染まった楓の葉をあしらえた手作りのしおりだった。


 「その葉っぱ見憶えない?」


 この楓の葉、確かあの時戸鞠が道端で広い集めたものだった。

 あの時何に使うか聞いてみたけど、彼女は「内緒」と言って教えてくれなかった時のだ。


 「ありがとう」

 「ううん、笹崎君に渡す事出来て嬉しい」

 「どうして僕に?」

 意味もなく戸鞠に訊く

 「いいじゃない。実行委員頑張ったから、私からのご褒美ってことで……」  

 「ご褒美かぁ……」

 「しおりじゃ何かご不満でも?」


 スッと顔を上げ、戸鞠は僕を抱き寄せるようにして……

 ……二人の唇が重なった。


 また、いきなり……だった。でも、何だろう。

 不思議と僕は戸鞠を受け入れてしまっていた。

 

 この日、そしてこの時間……森ヶ崎高校に昔から女子の間で伝わる伝説。その事を男子は知らない。知ってはいけない事。もしその事が知られれば、その想いは破局へ導かれる。


 だから、男子は知らない。


 この森ヶ崎に伝わる伝説を……。


 ◇◇


 カフェ・カヌレから放たれる淡いオレンジ色の光。

 その光に誘われる様にウインドウから店内に目をやる。数名の客がそれぞれその雰囲気を味わうかのように佇んでいた。


 家の玄関のドアを開けると、何だろう物凄く懐かしくてそして、胸が少し締め付けられるような香りがした。

 居間から漏れる光に向かいその部屋に入ると、ソファに体を沈みこませるようにしながら楽譜を眺めている恵美の姿が目に入った。


 「ただいま」

 その声を見るかのように楽譜から目を放し

 「遅かったわねユーキ」といつもの様に恵美が言う。


 「あ、うん、実行委員だったから最後の処理終わらせてた」

 「ふーん」

 と鼻をかすめるようにしてまた楽譜へと目を戻す。


 「あ、そうだ、部長引継ぎおめでとう」

 「ユーキ見てたんだ」

 「まぁ……吹奏楽のステージだけは」

 「そっかぁ……うん、ありがと」

 何となくそっけなく感じる恵美の声。


 今日訊いた恵美が奏でるアルトサックスの音色。それは僕が求める恵美の音色ではなかった。

 河川敷で奏でる彼女の音色は、あれほどまで僕の心を揺さぶるのに、今日の彼女が奏でていたのは、ただの音。


 そう、ただのアルトサックスの音にしか感じなかった。


 ふとキッチンからミリッツァの声が聞こえて来た。

 「結城、帰って来たの?」

 「はい、今帰りました」

 「帰ってきて早々で悪いんだけど、ちょっと手伝ってもらえるかしら」

 「ええ、大丈夫ですよ」

 この時間、ミリッツァが家のキッチンに立っているのは珍しい。


 「どうしたんですか今日は」

 ミリッツァは微笑みながら

 「今日はほら、この前話したじゃない、新人見習いさんの歓迎会よ」


 そう言えば、前に僕が夕食の支度をした時、牡蠣鍋をつくった時に話していたあの履歴書の人。

 冨喜摩葵ときまあおい


 正式に修行を受け入れ、今日から「カヌレ」で働くことになった人だ

 「そっかぁ、確か富喜摩さんだったかな」

 「よく覚えているわね。そう、彼女と、あなた達の学校際の慰労会も兼ねてね」

 「僕らのはついでですよね」

 ちらっと恵美に視線を投げかけながら言った。


 「そう、あなた達はついで」

 にっこりと微笑んで彼女は言う。


 ちょっと耳がいたかったのだろう恵美は「ああ」と声を出して「私部屋に行ってるから、出来たら呼んで」ソファから起き上がり部屋へ入った。


 ミリッツァは「あの子ったら、もう」と少し呆れていた。

 

 店の営業時間が終わり、正樹さんと。緊張しまくっているのが良くわかる富喜摩葵さんが二人そろってダイニングに現れた。

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