第30話1.表と裏・・・想いと気持ちの狭間に

 森際の当日、本番の日がやってきた。


 昨日の前日祭。最もこの日は生徒への公開だけで一般の公開は無い。しかも金銭に関わる売買は原則禁止だから僕らのクラスは陳列だけだ。意外とお目当ての商品を早速予約してほしいという生徒も数多くいたけれど、それも原則禁止行為だ。


 基本は当日祭に来てくれた一般のお客さんに商品を買ってもらったり、公演を見てもらうのが本来の姿だから……。

 

 当日の朝から僕と戸鞠はいろいろと前日祭の時の反応から細かな手直しを繰り返していた。


 「ねぇ笹崎君、こっちの台もっと目立つように飾り増やそうよ」

 「ああ、分かった。まだ飾り用の小物残っているからそれを使おう」

 「よ、いいねぇー。息のぴったり合った恋人同士みたいじゃねぇか」

 クラスの男子が僕らを見ながら冷やかす様に言った。


 僕も戸鞠もそんな事言われても、それを気にしている暇がないほど忙しかった。

 そんな時、孝義がムッとした表情で


 「うっせぇなぁ。お前そんなこと言っている暇があるんだったらこっち手伝えよ。まったく人使いあれぇんだからよ。結城」


 その孝義の言葉に少しカチンときたが、今はそんなことで口論にもなりたくなかったから無視をした。

(孝義は昔から何か機嫌が悪いと突っかかるところがあったから、そんなあいつの性格を知っているからこそ無視をしたんだが……)


 「なぁ結城さんよう」


 でもその時の孝義は、いつものふてくされたような感じとはちょっと違っていた。

 「なんだよ孝義、もう少しでここオープンさせないといけないんだ、だからふてくされていないでちゃんと仕事してくれよ」

 遠回しに孝義に釘を刺したつもりだったんだが、それがあいつは気に入らなかったようだ。

 その後作業を投げ出して教室から出て行ってしまった。


 「ちょっとぉ、孝義君」


 出て行く孝義を戸鞠は引き留めようとしたが、そんな事も耳に入れないかのように消えていった。

 「まったくもう、孝義君ったらしょうがないんだから」

 戸鞠が呆れるように僕に言う。


 確かに今の孝義の行動には問題がある。


 でも孝義の行動が少し変だと感じたのは、実際僕らが渋谷へ行った次の日当たりからだった。 

 渋谷に二人で出かけた次の日、戸鞠のいとこのお姉さん。つまりお店の店長さんが約束通りに僕らが買った飾り付け用の大量の小物を届けてくれた。


 荷物を受け取ったのはもちろん僕と戸鞠の二人。

 その時、店長さん……ま、お姉さんと言っておこう。

 お姉さんは、僕ら二人をじっと見つめて


 「真純ちゃんちょっと」と戸鞠に耳打ちしながら何かを話した。

 「やだぁ、お姉さん解っちゃったぁ。えへへっ」

 少し顔を赤らめて恥ずかしそうに僕の手を握った。


 「よかったね。それじゃ頑張ってね」

 そう言って足早に店に戻った。


 「なぁ戸鞠、店長さんなんだって」

 僕はちょっと気になったから戸鞠にそれとなく訊いてみた。

 戸鞠は恥ずかしそうに


 「内緒……」


 握る手を少し強めに握り返して、僕の肩に軽く身体を寄せた。

 僕らが荷物を教室に持って行こうとした時、生徒玄関の廊下を怪訝そうな顔で通り過ぎる孝義を見た。


 その時は何も気にも留めていなかった。

 孝義のその怪訝そうな表情を……

 僕は何も気にしていなかった。

 たまにある孝義の虫の居所が悪い時の、何時ものことだとしか……。

 

 午後3時を過ぎた。森祭もあと大体育館で行われる吹奏楽部の演奏を残すだけとなった。一時間前に吹奏楽部員はすでに校内アナウンスで招集され今頃チューニングの最中だろう。


 僕らのクラスが開催したバザーも思いのほか盛況だった。売り上げもそこそこいってくれたし、後はこの教室の復元と収支決算書の報告書を生徒会に提出すればすべて終わる。収益分は学校を通じて募金することになっている。


 「ただいまより、今年の森祭最後の公演。吹奏楽オンステージが開催されます。どうぞ今年の森祭フィナーレとなる公演、吹奏楽部のステージをご鑑賞ください」

 校内放送のアナウンスが吹奏楽部の公演がまもなく始まる事を告げた。


 ほかの演目なんてどうでもいい。僕はこの吹奏楽部のステージはどうしても見ないといけない……いや、恵美の奏でるアルトサックスのステージを僕は見ないといけないのだ。


 急いで体育館へ向かう。

 もう体育館の中は人でいっぱいだった。

 何とか中二階のフリースペースで、僕はステージを目にすることが出来る位置を確保した。


 トランペットのかんだかい音色のファンファーレが鳴り響き、演幕が上がる。

 そして舞台の袖から指揮者である北城先生……。頼斗さんがゆっくりと中央に向かい歩く。楽団全員が一斉に起立する。


 恵美は最前列の左側……。ライトの光が恵美の持つアルトサックを照らし輝かせていた。

 コンダクターは所定の位置につく、そしてステージ全体を見回し、それが合図の様に全員が着席する。


 楽譜を一枚めくり、顔を上げ右手に持つ指揮棒が一気に振り落とされた。

 演奏が始まった……。


 真正面から体を突き抜くような、トランペットの音にその威勢を包み込むような低音管楽器の音。

 その中でもしっかりと聞こえてくるアルトサックスの音色。

 恵美が奏でる音。

 その音を奏でる恵美の姿。


 でもその姿は僕が講演で見かけたあの妖精のよな恵美の姿とは少し違う。


 現実の世界に、そして今のこの時間の中で存在する恵美の姿。今、恵美は自分の為に、いや北城響音の存在を自ら消し去っているような……そんな気がした。


 「なぁ結城、お前もう吹奏楽嫌いになったんじゃなかったのか」


 ふとその声に目を向けると、孝義が手すりに腕を乗せ、その上に力が抜けた様に顎を乗せて舞台を眺めていた。


 「孝義…‥」

 「お前、あの時どんな思いして吹奏楽部、ユーホ辞めたんだよ。思い出せよ、あの時の事」


 「あの時の事って……」

 孝義はゆっくりと僕の方に顔を向け


 「お前、三浦が好きなんだろ。だから今ここにいるんだろ。本当は吹奏楽部の演奏なんか聞きたくもねぇんだろ。ただ、三浦の姿見たいがために来ているんじゃねぇのか」


 「そ、そんな事。お前に言われたくねぇよ」

 「ったく……」

 そして孝義は独り言の様に呟く


 「三浦、可愛いよな。綺麗だよな。男どもにもてるのも当たり前だよな。でもよう、何だろう俺はあんまり好きになれねぇな。三浦の事」


 「なんだろう、お前が、結城が好きな相手だからか? いや、そんな事俺にはどうでもいい。ただ何となく……今のおまえ見てると」


 『三浦も……そしておまえ、結城も好きになれねぇ』


 そう、いいながら孝義は体育館から出て行った。

 やっぱり何か変だ。いつもの孝義じゃない。

 どうしたんだ?


 何か僕に原因があるかのように孝義はこの数日反抗する。

 僕にはその原因は思いつかない。


 ステージでは次々と、吹奏楽部の演奏が披露されている。

 その中でサックスのソロの時、恵美がステージの真ん中でスポットライトを浴び演奏している姿が目に入った。


 その音はどことなく寂しく、そして僕が思い描くいつもの恵美の音色とは違う。さっき孝義から言われた言葉が胸のどこかで引っかかっているせいだろうか。


 いや、でも……なんだろう。この胸の中のもやもやとした気持ちは……何かが……。

 

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