かたちだけの恋人

第23話 Prologue プロローグ

 彼女の奏でるアルトサックスの音色は甘く切なく、そして高らかに気高く聴くものを魅了する。

そのアルトサックスはまるで、命を吹きこまれた様に僕に語りかけてきた。


もう、音、音色じゃない。

心に直接呼びかけられる言葉の様だった。


そう、あの時河川敷で聞こえた声と同じだった。


彼女は、二曲目を吹き終わると少し間をおいた。そして「最後に、響音の好きだったあの曲吹くね」

 


 その曲は、僕が初めて恵美と出会った時、河川敷で聴いた曲だった。

この曲は、僕が生まれる前に流行った恋人たちの曲。

僕にはその意味はあまり解らない。


でもその曲に込められた愛しい大切な人に贈る想いを感じていた。

多分、これが響音さんの恵美への想いなんだと、その時解った。二人の過ごした日々の想いを。


そして、それを壊してはいけないんだと。


 静かに、その曲は終わった。


 幸子さんは、うつむきアルトサックスを眺めていた。

 「ありがとう。私吹くことで来たわ」

 彼女は、ふと晴れた初冬の青空を見上げて

 「響音、聴いてくれたかなぁ」

 「ああ、聴いてたさ。しっかりとな」

 僕は、響音さんの想いを受け取った。


 そして僕は、あの街へ戻った。ただ今までとは違う想いと覚悟を持って。




 この街は、僕にとって大切な街になった。偶然に出会ったアルトサックスを奏でる恵美に出会い、恋に落ちた。



 身寄りのない僕を暖かく迎えてくれた、政樹さんとミリッツァ。


そしてこの街で恵美と想いを寄せながら暮らし、思い半ばでこの世を去った響音おとさん


この二人を暖かく見守り、思い出としてそれぞれの心の中で生き続け、今を生きていく響音さんの母親、幸子さちこさんと頼斗さんの父親、ただしさん。


僕と恵美の良き理解者で、彼女のことを亡き弟の代わりに見守っている僕の担任、北城頼斗。律ねえの言う通りだ。


僕は一人じゃなかった。彼女、斎藤律子もまた僕を暖かく見守ってくれている。



 両親を亡くし、僕は一人となり、いつもの日常を失った。


でも僕は新たな想いと、自分のこれからの道を築く為のスタートラインに立った。


 あとは、目標に向かって走るだけだ。



 僕は、三浦恵美を好きなんじゃない。




 愛したいんだ。



 彼、北城響音に負けないくらいに。






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