第21話 2.Feelings 想い


 1枚目をめくる。そこにはブレザー姿の響音さんがいた。


 「おう、これ引っ越してすぐの頃だな」

 「ああ、そうね、あの子ったらブレザーよりも学生服の方がいいって言っていたわね」


 その下の写真には、小学生のころの恵美が写っていた。

 その姿は、幼さとあどけなさを感じさせる姿だった。


 くりっとした瞳と、金色の髪の毛が印象的だった。


 響音さんの高校の入学のときの写真を見て 「やっぱり、僕と同じ高校だったんだ」同じ制服を着ていたからすぐにわかった。

 しかも吹部にいたことも幸子さんは話してくれた。


 そのあとは恵美と響音さん、二人が微笑ましく映っている写真が、綴られていた。

 僕はその数々の写真を見て、恵美の今まで見たことのない笑顔や表情をかいま見ていた。

 その写真を見て、僕は何一つ嫌な気持ちはしなかった。

 いや、それよりも恵美のあの和やかな表情が、なぜかとても懐かしく感じていた。



 次のページをめくると、少し大きめの写真が貼られていた。


 多分、あの楽団にいたころ撮ったんだろう。


 二人共、紺のブレザーに同じネクタイを締め、アルトサックスを抱えながらどこかのホールで写した写真だった。


 その二人の姿は、だれも入り込めることが出来ないほど、結ばれていたかのように見えた。



 先生が言ったように、本当に微笑ましかった。



 そして、その後




 アルバムは白いままだった。




 「それが、恵美ちゃんと一緒に写した最後の写真よ」




 幸子さんは、黙って僕の前に持ってきていたフォトフレームを置いた。

 それは、楽団のメンバーが全員写っている集合写真だった。



 「この演奏会の後、すぐだったわ響音の病気が分かったの。信じられなかったわ、響音がいなくなるなんて」



 「あの子、病気のこと分かってたのね。もう時間が無いってこと。こっちに戻ってきてから、とても明るくしていたわ。病気なんかしていないよってね。恵美ちゃんがお見舞いに来たときも、心配かけないようにって元気な振りして見せたりね」


 幸子さんは思い出したようにそれもつい昨日の出来事のように語った。

 「いつ頃だったかしらね。恵美ちゃん病室から泣いて出ていったの、響音にどうしたのって訊いたら」

 

 「これで、い、いいんだ。こ、これで。僕には、もう、恵美を幸せにしてあげること、で、できないから」


 『母さん、ごめんね』


 「もう、元気な振りしているのも出来なくなっていたのね」

 幸子さんは顔を上にあげて、今にもこぼれ落ちそうな涙を、必死にこらえていた。


 「あの子、亡くなる前の晩にね」

 

 「母さん、起きてる」

 「なぁに、どこか苦しいの」

 「うんん、ありがとう。僕を生んでくれて、ここまで育ててくれて。ありがとう」


 「そう言ってくれたわ。それから容体が急変して……」


 幸子さんの頬には、耐えきれず流れ落ちた涙の後が描かれていた。

 「ごめんね。笹崎君もご両親亡くなったばっかりなのにね」

 僕は黙って、テーブルに置かれているフォトフレームの写真を眺めていた。


 少しの静けさが、僕ら3人を包み込んでいた。


 ふと、幸子さんは

 「ねえぇ笹崎君、あなた、どことなく響音に似てるね。外見じゃなく、何かね」

 「先生にも言われました。でも僕も、なんだか響音さんのこと、ずうっと前から知っているような気がしています」


 「そうなんだ」

 「なんか、変ですね」


 幸子さんは、何かを振り切るように

 「じゃぁ、響音の昔からの友達ということにしない? 私、君には響音の友達でいてもらいたいの」

 「そんなぁ、いいんですか、僕なんかで」

 「ううん。あの子も多分、そうしてもらいたいと思っているわ。それじゃ、はい決まり」


 「幸子さん、相変わらず収めるのが上手いなぁ」

 「どういたしまして」

 彼女はにこやかに返した。


 「それじゃ響音の友達に乾杯と行くかぁ。笹崎、ビール飲むか?」

 「こらぁ頼斗さん、笹崎君まだ未成年よ。二人共免職になっちゃうわよ」


 「え、免職って、もしかして幸子さんも学校の先生なんですか」

 「そうよ、音楽のね。今は臨時だけど」

 「そうなんだ、じゃ今まで先生2人に囲まれていたんだ。緊張するなぁ」



 「あら、もう手遅れよ。笹崎君」



 幸子さんは少し笑いながら僕にそう言った。


 「ブウン、ブウウン」

 マナーモードのスマホが振動した。



 慌てて電話を取ると、その声はミリッツァだった。


 「あ、結城、ごめんね急に電話して」

 「いいえ、すみません連絡しなくて」

 僕は、スッと玄関の廊下へ出た


 「あら、大丈夫よ。エミーから聞いたわ、孝義君のお家なんでしょ」


 ミリッツァは僕の考えていること、すべて承知しているかのように話していた。

 「今、恵美近くにいますか?」

 「うふふ、大丈夫よ。あの子もう休んだと思うわ、それに今お店にいるの私たち」


 「政樹さんとですか」


 「違うわよ、あの人まだ厨房から出てこないんだもの。誰かしらね。はいどうぞ」



 「元気にしている? 結城……くん」



 その声は聞き覚えのある懐かしい声。律ねえだ。

 「律ねえ?」

 「はい正解。久しぶりねぇ」


 「どうしたのさ」

 「どうしたのって、今日あなたに会いに来たのよ。ちょっと近くに用事があったから」

 「そうなんだ。ごめん留守にしていて、せっかく来てくれたのに」

 「そうよ、久しぶりに弟の顔見たかったのに、もうぉ。」


 ちょっと意地悪ぶった時の律ねえの声だった。


 「でもね、結城のこといっぱいミリッツァさんから聞いて、安心したわ。頑張っているのね、結城も」

 その声には、律ねえの切ない想いが込められているように聞こえた。


 「結城、今日はのご実家に泊まるのね」


 そっかぁ、やっぱりミリッツァには本当にかなわないな。

 多分、僕が先生と出かけることになった時、こうなる事わかってたんだ。

 だから、なんのためらいもなく、孝義の家にいるっていたんだろう。


 そして、律ねえにも。


 「うん、そうだよ、みんな本当に良くしてくれてる」

 「そう、結城、頑張ってね。このことが、これからの人生にどうかかわるかは、結城、あなた次第だと思うわ。あなたは、あの社長の息子だもん。きっと大丈夫よ。恵美ちゃんのためにもね」

 

 「恵美ちゃんのためにもね」


 律ねえ、律ねえは、もしかして……


 「律ねえ、もしかして僕が恵美のこと……」


 「好きなんでしょ恵美ちゃんのこと。だって、あなたって物凄くわかりやすいんだもん。姉貴をなめんなよ。うふふ。」


 ここに、もう一人僕が恵美を気にかけていることを知っている人が、また一人増えてしまった。


 いや、もしかしたら後2人多分。これはあまり考えない方がいいだろう。


 「ねぇ結城、あなたは一人じゃないのよ。社長が亡くなってまだ日が浅いけど、ミリッツァさん、政樹さん、あなたの担任の先生、みんな、あなたのこと静かに見守っているわ。――――そして私もその一人よ」


 「うん、ありがとう律ねえ」

 「うん、頑張ってね」


 「私、もう行かないと、明日は休日出勤なのよ。それじゃあね」

 そう言って律ねえは、ミリッツァに電話を渡した。


 「ねぇ結城、今日のことエミーに話すかは、あなたに任せるわ」

 そしてミリッツァは静かに

 「ううん。あなたが決めないといけないことよ」


 僕は少し、間をおいて


 「分かりました。すぐには言えないけど、必ず時期を見て恵美に話すつもりです。響音さんのことを」

 「分かったわ。それじゃ今日は孝義君のところね。うふふ、今日は甘えてきなさい結城」


 「ははは、そんなぁ」


 静かにカウベルの音が会話の中に紛れ込んでくる。律ねえが店を出たんだろう。


 「今、幸子さんはいるの」

 「ええ、いますよ。ちょっと待ってください」

 僕は廊下から部屋に入り、スマホを幸子さんに手渡した。


 「ミリッツァです」

 幸子さんはその名を聴くと、嬉しそうにスマホを耳にかざした。


 「もしもしぃ、お久しぶり……」


 「おい、ありゃぁ長いぞ、お前のスマホバッテリー大丈夫か」


 「さぁ、無くなったら切れると思います」

 「お前、意外と冷静だな、ははぁ」

 「ミリッツァさんに何か言われたか」


 「今日泊ることまだミリッツァに連絡していなかったんで、恵美にはメールで孝義のところに泊まるって……」


 「そうか、なあ笹崎よぉ、今日お前を響音のところへ連れてきたこと、俺は後悔はしていない。こうして幸子さんとも会えたし、俺が観る限り、お前は響音のこと受け入れてくれたと思うんだが……。まーそれはいい、それよりも俺は、お前と恵美が必ず付き合えばいいとは、思ってもいないし言ってもいない。それはお前ら二人が決めることだからな。でもな、恵美と一番近くで関わる以上お前には、響音のこと知ってもらいたかったんだよ」


 先生は、グラスの中でその姿を消し去ろうとしている氷を、静かに見ている。


 「そうだよね先生、僕も響音さんに会うことが出来てよかったと思っています。始めは、ものすごくショックでした。僕は響音さんと比べ物になら無いくらい、ダメなだなぁって思いましたから。でも、ここに来て一つ解った事があります。僕は響音さんじゃないっていうこと、僕は笹崎結城だということ、なんか変ですけどね。」


 「ふっ、それでいいんじゃないか、笹崎。それとここまで来て先生は照れるな、学校出たら頼斗らいとでいいぞ」


 僕は少しためらったが


 「それじゃ頼斗さん、どうしてこのタイミングだったんですか。さっき電話でミリッツァと律ねえ、あ、親父の顧問弁護士担当していた、斎藤律子さんからも同じようなこと言われましたからね」


 先生は、律ねえの名前を聞くと、慌てて

 「そ、それは、今日響音の命日だしな、それと俺もこれから忙しくなるからな。ほら、森際やそのあとの定期演奏会なんかあるしな……」


 「まったく、偵察しに行ったのかよ、あいつわ」

 先生はちょっとふてくされた様に小声で言い放った。


 「え、なんですか」


 「いや、何でもない。それより、ほら飲め、酒じゃないこれは炭酸ジュースだ」

 彼は僕に、炭酸ジュースと言い放った飲み物を、僕のコップに注いだ。


 「頼斗さぁん……」

 それは香り付けの洋酒とは違い、苦い炭酸のジュースだった。


 「ごめぇん笹崎君、バッテリー切れちゃった」

 幸子さんがスマホを僕に手渡した。スマホの画面は黒く閉ざされていた。


 「寝る前に、そこの充電器で充電して」

 「はい、有難うございます」

 そう言うと、幸子さんは僕の手元を見て


 「あー、笹崎君それぇ」


 「う、そりゃ、炭酸飲料だ」

 先生は、シラを切ったように言った。


 「あ、そうです、これ炭酸飲料です。ちょっと苦いですけど」

 「まったくもぉ。悪い先生でごめんなさいね」


 「まったくだ」


 「頼斗さん、あなたのことよ」

 先生は少し小さくなった。

 

 幸子さんはふと時計を見て

 「もう、こんな時間なの。頼斗さんの部屋にお布団敷いてあるから笹崎君も一緒に休みなさい」


 「はい、有難うございます。それと幸子さん、僕も名前で呼んでください。結城でいいですよ」

 「あら、そおぉ。それじゃ結城」

 その呼び方は、どことなく恵美が僕を呼ぶ声に似ていたように感じた。


 「今日は、ありがとう」


 その時彼女の微笑みは、柔らかくそして暖かった。


 「それじゃ部屋行って休むか、結城」

 「はい」


 「幸子さんご馳走様でした。行くぞ」

 「おやすみなさい。幸子さん」


 「はぁい、私も少しかたずけてから休むわ。おやすみなさい。――――結城 」




 僕らはすぐ布団に入り、心地よい眠りについた。


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