第20話 1.Feelings 想い
先生の実家に着くと、幸子さんは沢山の料理を作って待っていた。
「遅い、遅いよ頼斗さん、せっかくの料理が冷めちゃうじゃない」
彼女は腰にをやり、ぷんとしていた。
その表情が、恵美に似ていて思わずその表情を重ねてしまった。
「すまん、幸子さん」
「なーんてね。今出来たところよ」にこっと、微笑んだ。
本当にこの人は、響音さんの母親なんだろうか。
僕が想像する響音さんの姿がだいぶ変わって行く気がした。
「さっ、笹崎君も冷めないうちにどうぞ」
「あ、はい、頂きます」
「そうそう、横田さんからお刺身届いたわよ」
「何でもおじいさんから電話で、頼斗さん来ているから持ってけって、息子さん届けてくれたわよ」
「おう、風呂で一緒になってな」
「そうなの、明日寄って行って行きなさいよ。息子さん会いたがっていたから」
「ああ」
そう言うと先生は、売店から買ってきたお酒を出して
「親父、もう飲んでも大丈夫だろ」
「ほれ、親父の好きなスコッチウイスキー、買ってきたぞ。幸子さんはビールと、笹崎にはジュースと」
「おお、酒はもう大丈夫だ」
「ちょっとぉ、あんまり飲ませないでよ、頼斗さん」
「今日くらいは、いいじゃないか」
「そうね」
「あ、いけない、ごめんね笹崎君」
幸子さんは僕に料理を取り分けてくれた。
「さー、召し上がれ」
「俺も腹ペコだ、頂きます」
先生は、煮物をおいしそうに口にして
「やっぱ、幸子さんの料理は美味しい。笹崎、お前も遠慮するな」
「はい」
美味しかった。幸子さんの手料理はどれも美味しくて、とても懐かしい味がした。
僕は思い出していた。
そう、ほんの少し前のなんの
「どうした、笹崎」
「え、」
僕はいつしか涙を流していた。
「ごめん、口に合わなかった?」
「いいえ、すみません、どれもとっても美味しいです」
「ちょっと、思い出してしまいました」
「そうか……」
「実は、笹崎の両親、夏に事故で亡くなったんだ」
先生は、グラスに入っっているロックアイスを目に入れながら話した。
「え、そうなの」
幸子さんは、びっくりして箸を止めた。
そして僕の後ろに回り、僕の背中を抱き抱えた。
「大変だったわね。ごめんね思い出させちゃって」
「いいえ、大丈夫です。それより気を使わせてすみません」
「こらぁ、笹崎君、君みたいな若い子がそんな気使っちゃだめよ。もっと素直になりなさい。人は涙を流して生きていくものなのよ。
『どんな時でも、心に素直になる』これが人として生きていくために必要なことよ」
「私もあの子の命日に、君が来てくれてうれしいの。あの子、響音が帰って来たようでね」
彼女もまた、僕を通じて最愛の息子の事を思い出していたのだろう。
うっすらと目が潤んでいるのがわかる。
「あぁ実話な、こいつ今、恵美と一緒に暮らしているんだ」
「まぁ、恵美ちゃんと」
「笹崎の父親と恵美の政樹さんは、昔からの知り合いらしくてな。政樹さんが笹崎の身元を引き受けてくれたんだ」
「まぁ、そうなの。ところで恵美ちゃんは元気?」
幸子さんは自分の席に座り、僕に思い出すように言った。
「一応、元気です」
「まだ、一応が着くのね」
「いえ、そう言うことじゃなくて、恵美昨夜、熱出して、さっきメールで熱も下がったって言ってましたから、大丈夫だと思います」
「そうなの、でも熱下がってよかったわ。本当は、恵美ちゃんにも来てもらいたかったんだけどね。あれからずうっと会っていないもの」
「じゃ、恵美は一度も」
「ああ、来ていない、葬式のときからな」
「でも大丈夫、恵美ちゃんが自分から響音に会いに来てくれるのずうっと私たち待っているから。そうそう、彼氏なんか連れてきちゃったら最高なんだけどなぁ」
彼女は微笑みながら顔のところで手を併せた。
「うぅん、その彼氏になろうと、いやなりたいと願望しているのがここにいるかな。思い余って告白して、馬にけれれた奴がな。ははは」
「ちょっと、先生」
僕は、下を向いて顔を真っ赤に染めていた。
「えー本当にそうなの」
「ああ、だから今日こいつを連れてきたんだ。響音に会わせるためにな」
「そっかぁ。恵美ちゃんにねぇ」
「恵美ちゃん、ミリッツァさんに似て物凄く美人になったでしょう。あのころから、きれいな子だったからね」
「ああ、一目惚れらしいぞ恵美に、毎週恵美のサックスを聴きに河川敷に来ていたからな」
「ふぅん、一目惚れねぇ」
「あ、いえ、違うんです。たまたま偶然にサックスの音色が聴こえてきて、それで、物凄く綺麗で、その、な、何て言うか、その――――物凄く」
「愛おしかったんです」
「あら、まぁ、他にもいたのね。そうやって言える人」
「ねぇ、あなたぁ」
「お、うぅ、ちょっと飲みすぎたな、僕は先に休ませてもらうよ。幸子、松葉杖を」
「はい、どうぞ」
「それじゃ、先に失礼するよ。笹崎君ゆっくりしていきなさい」
「はい、有難うございます」
そうして彼は、松葉杖を突きながら寝室へむかった。
「あらまぁ、あの人ったら照れちゃったのね」
「ふん、親父らしいな」
「でも分かるなぁ、その気持ち。私も吹く度に感じていたもの。あの人の想いをね」
ふと幸子さんは
「笹崎君、君何か楽器やってなかった?」
「え、」
「特に、何も……」
本当は、中学2年のとき先輩と折り合いが悪くなり、吹部をやめていた。
そのころ僕は低音のユーフォニアム(又はユーフォニウム)を吹いていた。
低音領域から、ある程度の高音領域まで幅の広い音階を領域とし、なめらかで、すうっと優しくある時は激しく、見えない音の槍を放つような楽器。
トランペットやサックスの様にあまり表には出ないが、その楽器の音色は、すべての楽器の音を合わせ会う役目を担っているかのようだった。
僕はそのユーフォを吹くのが、そのころ本当に好きだった。
その甲斐あってか顧問の先生からは一目置かれ、先輩を出し抜いてよくソロを担当させられていた。
そんな僕を先輩たちは妬み始め、いつしか僕は一人きりとなってしまった。
それっきり、僕はユーフォを吹くのを止めてしまった。
「そうぉ、君、楽器好きそうに思えたんだけどねぇ」
「いえ、そんな」
僕は、思い切って
「幸子さん、お願いがあります」
「なぁに」
「響音さんの写真、よかったら見せてください。僕、響音さんを見てみたいです。恵美が本当に好きだった響音さんを」
幸子さんはちょっとびっくりして
「あら、いいのぉ。本当に見たいの?」
「はい、どうしてもお願いします」
「うふふ、いいわよ、ちょっと待っててね」
彼女はそう言うと、別の部屋から3冊のアルバムと一つのフォトフレームを持ってきた。
「はいどうぞ、でも今の君にはちょっと辛いかもね」
「まあな、でもこれも真実だからな」
先生は、ちょっと皮肉ったように言い放った。
僕は3冊のアルバムを幸子さんから受け取った。
そのアルバムを開けるのには、本当はとても勇気が必要だった。
1冊目のアルバムは、響音さんの小さいころの写真が張り付けられている。
小さくて、それでいて愛嬌があって、可愛らしい子供だった。
傍らには、いつもアルトサックスが写っていた。
2冊目は、小学校から中学の入学のあたりまでの写真が張り付けられていた。そのころになると、顔立ちもしっかりしてきていた。
やはり幸子さん似だと思った。
「あ、このころよ響音がようやく思い通りに吹けるようになったの」
小学校4年生と書いてあった。
もうそのころからサックスを自由に吹けるなんて。
2冊目の最後は、中学の入学式のときの写真だった。そこにはこの家族4人が、にこやかに満開の桜の下で写っていた。
「そうそう、この時頼斗さん物凄く嫌がったわよね。響音から急かされて、渋々写ったのよね」
「俺は、写真、写されるの好きじゃないからな」
先生はちょっと照れ臭そうに言い放った。
そして、3冊目のアルバム。
心なしか。
先の2冊よりそのアルバムは薄く感じた。
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