第18話 1.姿亡き友人◆幻想(げんそう)

 ◆幻想(げんそう)


 「すまんな笹崎、お前も辛いこと遭ったばかりなのに」

 「いいえ、それより有難うございます」


 「ん、どうした」


 「恵美のこと、教えてもらって。恵美には何か過去に遭った事は、なんとなく感じていました。でもこんなにも辛いことがあったなんて、それなのにあいつとっても明るくて……、俺、あいつに何にも出来なくて、響音おとさんの様に一緒に出来る物もなくて」


 「ふう」


 先生は軽くため息をつき、真面目な顔で


 「お前、恵美のこと好きなんだろ。たかが一回振られたくらいで、諦めるような簡単な想いじゃないんだろ。恵美にお前がしてあげられる事、沢山あるじゃないか。今、それが分からなければ必死になって探せ、今の境遇がなんだ。お前しか出来ない、響音を超えられる様な、お前しか恵美にしてあげれないことをな」



 「僕にしか、恵美にしてあげれないこと……」


 この言葉が、僕の心を貫いた。



 先生は、防波堤の区画にある駐車スペースに車を止めた。


 窓を半分くらい明け、煙草に火を着け



 「恵美が、河川敷で吹いてるアルトサックス、あれ響音が使っていたやつなんだ。響音が亡くなって、あいつその事ずっと否定し続けていたんだろうな。葬式のときも泣かなかったし、響音とまだ一緒にいたんだ、きっと。でも、だんだんと気付いてきたんだろう、響音はもう自分の近くにはいないことを。多分もう自分ではどうしようにもならなくなった、飯もほとんど食べれなくなって部屋に引きこもってしまった。外に出れば響音がもういないことを認めないといけなかったからな」


 先生は、煙草を灰皿でもみ消し


 「あの時、俺は何も出来なかった。みんなが時間の経つのを待っていたんだ」


 「恵美はそんなにも響音さんのことを」

 「ああ多分、身内の俺らよりもな。また湿っぽくなったな、すまん。なぁ笹崎、明日何か予定あるか」

 「明日ですか? 特にはないですけど」


 「そうか、それじゃ今日は俺の実家に泊まらないか。今日、お前を振り回したお詫びにな」


 「ええ、そんな急に」

 「今日は諦めろ」


 「はい」


 北城先生の思いつきには本当に振り回されてしまう。


 だが、この思いつきの様に僕を振り回すのには、これからの僕に対する北城頼斗きたしろらいととしての思惑があることに気が付いてもいなかった。


 先生は車を駐車場から出し、大通りから二つの路地を曲がり車を止めた。


 「さあ、着いたぞ」


 その家は通りの奥にあるせいか辺りは暗く、玄関の灯りだけが煌々と灯りを照らしている。一部二階建て、屋根は上に三角に伸びていた。


 木の柵を通り抜けると玄関までの両脇には畑の後だろう、何かが育っていた後が見えた。先生は、すたすたと歩き玄関を開けた、僕は急いで先生の後に就いた。


 「おう、ただいま」


 先生は大声で言うと、奥から一人の女性がひょいと右側奥の扉から顔を除かせた。



 「あぁ、やっぱり頼斗さんだぁ」



 その女性は、小ざっぱりとしたあどけない、可愛らしい人だった。

 僕が見る限り先生とは、あまり歳の差が無いような気がした。


 「来てくれると思っていたわ」

 そう言うと彼女は、僕の方を見て


 「あら、可愛いお客さんも一緒なのね」

 「ああ、俺の受け持ちの生徒だ」

 ちょっと緊張した


 「あ、初めまして、笹崎結城です」

 「ふぅん、頼斗さんの生徒さんなの、北城幸子きたしろさちこ宜しくね」


 「よろしくお願いします」

 「先生、お姉さん? もいたんですね」


 それを聞くと彼女は、

 「まー、うれしい」と、いいながら、手を口元の辺りで併せて微笑んだ。


 「ば、ばかかぁ、義理の母親だよ」


 「え、ええぇ、本当ですか、ということは響音さんの」

 「ああ、母親だ」


 「あら、響音のこと、もしかしたら、あなたも響音のお墓に」

 「ああちょっと訳ありでな」

 「そう、ありがとうね」


 そう言うと彼女は、出てきた扉の向こうに

 「ねぇ、貴方、頼斗さんよぉ、かわいいお客さんもご一緒なのぉ」

 「おう、きこえているわい。頼斗いつまでお客さんを玄関に立たせているんだ、早く入ってこい」


 「お、おう、親父耳だけは良いんだ、あとはボロボロだけどな」


 「聞こえてるぞ」

 はは、と笑いながら、先生は部屋に入った


 「えぇっと笹崎くんだったわね。さっあなたもどうぞ」

 僕も誘われるまま、部屋に入った。


 そこには、僕が思い描いていた先生の父親像とは大きくかけ離れていた。白いあごひげが似合い大きなバイオリンを引いていそうな感じのダンディな人だった。

「お邪魔します」

「すまんな、出迎えもせんで、ちょっと足の骨にヒビが入ってな、座ったままで失礼するよ」

「なぁんだ親父、ギプスも取れて大分良くなったて訊いていたけど、まだ松葉杖使ってんのか」


 「そうなのよぉ、お医者様からは、もう大丈夫だって言われてるんだけどね」

 「夜になるとな、まだ少し痛むんだ、年を取ると治りも遅くなるようだな」

 「何言ってんだよ、まだ60前だぜ、もうご隠居かよ」

「夜だけだ、痛むのは、それより頼斗、いつになったら俺を安心させてくれんだ。俺が生きている内に孫抱かせてくれんのか」


 「来て早々、またそれかよ。相手がいなけりゃ出来ないぜ」

 「まったく」

 「おお、すまんな、えーと笹崎君と言ったかな」

 「はい、初めまして笹崎結城です」


 「響音の墓参りに行ってくれたそうで、有難う。響音も喜んでいたろ」

 「ああ、そうだな」


 「ねぇ、あなた達、夕食はまだでしょ」

 「まだです、じつは幸子さん、当てにしています」

 「よかったわ、多分頼斗さん来ると思って材料いっぱい用意してたのよ」

 「笹崎君もいっぱい食べてね」

 「はい」


 「それじゃ、頑張っておいしいのいっぱい作るぞぉ」

 彼女は腕まくりをした片手を上に伸ばした。


 「幸子さんの料理、うまいぞう」

 そう言って先生は僕の頭を軽くこずった。


 「そうだ頼斗さん、今日は泊っていけるのよね」

 「ああ、こいつと一緒にな、幸子さん頼みます」


 「よかった。それじゃもう少し掛かるから、あなた達温泉にでも行って来たら」


 ふと先生は時計を見て

 「6時過ぎか、よし、ひとっ風呂浴びてくるか、行くぞ笹崎」


 「温泉あるんですか」

 「ここから車で5分くらいの所にある、道の駅にな」

 「それじゃ、親父、幸子さんちょっと行ってくる」

 「ちゃんと温まってね、用意しておくから」



 幸子さんは、にっこりと微笑んで、僕らを見送った。

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