第13話 3.月明かりの落ち葉
「ただいま」と言っても、まだ店の営業時間、だから2人は店にいる。家には誰もいない。
僕はまっすぐ2階の部屋に行き、ベットに倒れ込んだ。
「戸鞠かぁ」
スマホを取り出し、彼女から電話が来ていないか見てみた。案の定メールも来ていなかった。
ホットしたような、がっかりしたようなそんなことを考えながら、僕はうたた寝をしてしまった。
はっと、目が覚め時計を見ると9時を少し過ぎていた。一階に降りてみると、リビングに政樹さんとミリッツァが店から上がってきていた。
「あら結城、夕飯は?」
「まだです」
「そう、じゃ用意するわ」
「恵美は済んだんですか」
「それがね、まだ帰ってきていないのよ。今日は遅くなるって言ってなかったし」
何だろう――――何か、胸騒ぎがする。
「ミリッツァ、僕ちょっと見てきます。コンビニにも行くから」
僕は2階に戻り、ダウンジャケットを取ってきた。
「外寒いわよ、シチュー温めて待ってるから、気を付けてね」
「はい」そう言って僕は駅へ向かった。
三浦家から、大通りに出るには、ほんの3分もあればいい。
大通りから駅までは一本道だ、もし恵美が駅を出ているのなら僕と出会うことが出来るはずだ。
だがその期待はものの見事に外れた。
駅に着き、ホームにも上がった。だが恵美の姿はなかった。
「なんだよ、どこ行ったんだよ」胸騒ぎがしてどうにも落ち着かない。ものすごくやな感じがする。
駅の長い階段を急ぎながら降り歩道にたどり着くと、救急車がサイレンを鳴らし過ぎ去って行った。そのサイレンは、およそ200メートル先で止まった。
「まさか、恵美……」
僕は全速力でその方向へ走った。
通勤帰りの人たちが、歩道を埋めていた。
僕はその人垣をかき分け中に入った。そこには、70歳ほどのお婆さんが、膝のあたりに手をやりながら苦しそうにしていた。
救急隊員がおばあさんをストレッチャーに乗せようと準備をしている。
それを見て僕は、ほっとした。恵美じゃなかった。
また来た道を戻り歩き「まさか、まだ学校にいるんじゃないのか」スマホを取り出し学校に電話を掛けてみた
「はい、森ケ崎高校です」
「あのう、すみません2年の笹崎ですが」
「おう、笹崎どうしたこんな時間に」
電話に出たのは、なんと担任の北城先生だった。
「あれ、先生まだいたんですか?」
「あん、俺が遅くまで学校に居ちゃいかんのか? これでも教員だぜ。なんてな、ちょっと調べものしていてな、で、どうした?」
「三浦、恵美はまだ学校に居ますか」
「あん? 恵美ならとっくに帰ったぞ。そもそも今学校には誰もいないぞ」
「そうですか……」
「恵美、まだ帰っていないのか?」
「ええぇ、今探しています」
「そうか、お前、恵美に電話かけてみたか」
「そんなの電話番号知っていたらとっくにかけてます」
「なんだ一緒に暮らしていて、教えてもらってないのかよ。わかった今俺が恵美にかけてみる。で、お前はどこにいる」
「駅の土手側の出入り口です」
「わかった、お前はそこを動くな、いいな」
「はい」電話は切れた。
僕は、駅には入らず、入口の隅で連絡を待っていた。
もしかすると恵美がホームから降りてくるかもしれないと思ったからだ。すると近くで、携帯の着信音? が聞こえた。聞き覚えのある着信音、そうだ恵美が使っている曲だ。
僕はその音をたどり、駅階段の横にあるオープンスペースへたどり着いた。
そこに備え付けのベンチに座り、スマホを耳にあて話をしている恵美がいた。
「恵美!」
彼女は僕の声に気が付き、びっくりしながらこっちを見た。
「もしかして、電話北城先生?」そう問いかけると、恵美は軽くうなずいた。
「大丈夫、今ユーキにも会えた」
「うん、ごめんなさい。心配かけて、それじゃ」
その会話は、先生と生徒との話し方ではなく、本当に親しい人との会話のようだった。
恵美は電話を切ると
「ごめんね。ユーキ、心配かけちゃったね」
事の成り行きは、北城先生から訊いたんだろう。
「あー心配したよ。本当に」
「ごめんね」
「どうしたんだよ」
「ん、何でもないの、もう大丈夫だから」
彼女は、ベンチから立ち上がると、全体の力が抜けたかのように、僕に倒れ込んできた。
「おい、恵美大丈夫か!」
恵美を抱きかかえると、彼女の体はとても熱く、彼女のその高熱が僕の体に伝わってきた。
「恵美、すごい熱じゃないか」
「大したことないわ、帰りましょ」
恵美は僕から離れ、ふらふらと歩き出した。
僕は、ベンチから彼女のカバンを持ち、恵美の腕を取り僕の肩にまし支えた。
「ゆっくりいこう」恵美は、うなずいた。
少し歩いたところで恵美の力はさらに抜けてきた。彼女は、ほとんど意識がもうろうとしていた。
「ふう、これじゃ歩けないな」
僕は恵美に背中を向けて、「乗って、早く」恵美は少しためらっていたが、倒れ込むように僕の背中にしがみついた。
「よいしょっと」
僕は、恵美をおんぶしてゆっくりと歩き出した。
大通りは明るいが人通りが多い、そんな中恵美をおんぶして歩くのは彼女も恥ずかしいだろ。
そう思い、僕は大通りから一本外れた住宅街の道を歩いた。
この道は、ほとんど人通りもなく、街灯も少ないため少しうす暗く感じる。
通りには、小さな公園がありそこを過ぎると、家まではもう目と鼻の先だ。
「おもいでしょ」
「いいや、このくらい大丈夫さ」
正直女の子ってこんなに軽いんだ。初めて知った。
それを思えば、律ねぇは意外と重かったんだ。――――あの胸だからか?
それになんだろう、とても壊れやすい。まるでスポンジのような感じの体のやわらかさが背中を通じて感じられた。
恵美は、力なしげに僕の背中に乗りかかり、熱のためだろうか僕の背中にぴったりと体を寄せている。
そのせいだろう、歩くたびに彼女の柔らかく案外大きな――――これはスフレだ! 特別な柔らかさと弾力が背中の一部を刺激する。
「ねぇ、本当に大丈夫? ユーキ顔赤くなってきているよ。もしかしてうつっちゃった?」
「大丈夫だってば、それより……」
僕は顔が熱くなるのを感じていた。
「ほんと大丈夫?」
「……う、うん」
「本当は重いんでしょ」
「お、重くなんかないよ――――ただ」
「ただ?」
「恵美……見た目より大きいんだ」
すると恵美は、僕がなんで赤くなっているのかを悟り
「ばかぁ、ユーキのエッチ!」
恵美は、少し胸を僕の背中から離し、僕の頭をこぶしでごつんとたたいた。
「いたぁ!」
「当然よ!」
僕の首の後ろに彼女は額をつけて、小さな声で。
「音にぃにも触らさえたことないのに」
耳に入りそのままする抜けていく言葉。
「ごめん」
「仕方ないでしょ。あたるんだもん」
う――――ん。この大きさは律ねぇといい勝負だ。
男の
「今日は満月かぁ」ぼっそりとそんなことを口にすると。
「ねぇ、ユーキ」
「ん、どうした?」
「今日、ごめんね。変なこと言って」
「変なことって」
「戸鞠さんと一緒のとき」
「ああ、ちょっとびっくりしたなぁ。もしかして、やきもち?」
「違うわよ!」恵美はちょっと声を大きくして言った。
「何ていうの、なんだかつい、口に出ただけ。そんなあなた達にやきもちなんて」
恵美は僕の頭をまたボンとたたいた。
「痛! わかったよ、でもやきもちだったら嬉しかったな」
「ばかぁ……」
恵美は、戸鞠といた時のようにささやいた。
小さな公園のところに来ると、夜露に濡れた落ち葉が満月の月明かりに優しく照らされていた。
「ねえ、もうここで下して」
「大丈夫か」
「うん、あと少しだもの」
僕は背中から彼女を降ろし、また腕を取り僕の首に這わせ彼女を支えながら歩いた。ゆっくりと。
恵美の息遣いは、苦しさを僕に語りかけるように耳元から聞こえてくる。
彼女は僕に全てを委ねるかのように、体を寄せていた。
「あと少しだから頑張れ」
「うん、ありがとう」
公園の街路樹の葉が一つまた一つ、静かに舞ながら地面へつもり重なっていく。
この落ち葉の様に、苦しさが散ってくれたらどんなに救われるのだろうか。
ふと恵美の顔を見ると長い金色の髪の毛が、頬にたどう涙を隠していた。
恵美のその涙は、今の苦しさからくる涙ではないだろう。
日を重ね暮らしているうちに、恵美にも過去に辛いことがあったのが感じていた。
その事は、あの家族にとっても触れてはいけないことなんだろう。
今は――――多分。
「着いたよ」
家のドアを開けると、恵美はすべての力が抜けたように座り込んでしまった。
「ミリッツァ、政樹さん」僕は玄関から二人を呼んだ
「エミー、どうしたの」
「すごい熱なんです。早く恵美を部屋へお願いします」
「あなた」
「わかった」
政樹さんは恵美を抱きかかえ、部屋へと向かった。
僕はリビングの椅子に座りほっと肩をなで下し、ぼうと窓の方を眺めていた。
しばらくすると、ミリッツァが僕の方に来た。
「恵美どうですか」
「大丈夫よ、ちょっと熱高いけど今眠ったわ」
「よかった」
「ありがとうね、大変だったでしょ。あの子具合悪いんだったら、電話くらいすればいいのにね」
「結城、夕食まだでしょ、今用意するわ」
「大丈夫ですよ、自分で用意します。それより、恵美の傍にいててください」
「そう、じゃお願いするわ」
「食べたらあなたも早く休んでね、朝早いんだから」
「はい、そうします。政樹さんは?」
「あの人、シャワー浴びにいったわ、もうそろそろ来るんじゃない」
僕は、ミリッツァに恵美の過去に何があったか聞こうとしたが、止めた。その事は、簡単に口にしては逝けないような気がしたからだ。
だが、思いもしない恵美の過去が、僕の気持ちに重く襲い掛かる。
その時がもうすぐそこに来ている事を僕はまだ。
……知らない。
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