第伍話

まさか気絶から目覚めたら、槐様と2人きりだとは思わなかった。

彼女はボロボロになったを裂いて、キレイな素足をあらわにしていた。


「む……起きたか永史よ。どうやら余はチサの奴に負けた。悔しい、これで2度目じゃ」


分かりやすく悔しそうな顔をする槐様。

柔そうなほほをぷくーっと膨らませ、その仕草がとてつもなく可愛らしい。


「……チサさんとは知り合いで?」

「知り合いも何も、元【同業者】じゃよ。

余と奴はその昔、ある共通の敵を追って手を組んでおった。

だが奴は余が鬼と知るや否や、血相変えて余を襲って来よった」


苦虫を噛み潰した様な顔をして、槐様は昔の記憶を嫌がった。

極度の長髪を手櫛てぐしいて、綺麗なそれを誇張しているのだろうか。


「で、どうする?ここは何処なんじゃ?」

「え?」


辺りを見回す。

ああ――――と、僕にとっては見慣れた景色の風貌を噛み締める。槐様は『一体ここは何処じゃ……』と眉間にシワを寄せていた。


「ここ…………酒蔵ですね、

「なんと!」

槐様の顔がぱあっと明るくなる。可愛い。

「周りの樽はもしや…………」

「……もしかしなくても、全部お酒です」

「呑むぞ!さ、開けろ開けろ!!」


思った通り、お酒大好きなんだな。

しかも、自分の状況を忘れている。


仕方なく樽の蓋を叩き割って、中に潜む芳醇な芳香を放つ聖水をひしゃくで一杯。

2人同時に出たため息が、皮切りになった。


気が付けば悪酔いも良いところ、泥酔も泥酔、酩酊にも近い状態まで酔っ払っていた。

槐様はと言えば、顔を赤らめて『ひっく』と小さなしゃっくりを出していた。


「そろそろ頃合いかのぅ」

槐様が切り出したのはかなり時間が経ってからだった。

「酒の霊力の使い道は何も、生命力の補填だけでは――――ないッッ!」

拳が一閃する。

瞬間、暴風が吹き去った様な、激しい音が倉に鳴り響いた。

だが、嫌な音――それはまるで、寿命を縮める様な爆発音や警報機の音――ではなかった。

その一瞬の中に、静かで荘厳な旋律が複雑に絡まった様な……そんな何かを感じた。


「永史よ、お前さん耳は大丈夫か?が――――」

「どうやら大丈夫みたいです」

僕は笑ったが、槐様の顔は反比例するようにみるみる青ざめていく。

「……どうしたんですか?」

「永史、お前さん、お前さんのでこ――――角が、生えておるぞ……!!」


まさか、と思いつつ樽の縁取りに使っている金属の輪を覗き込む。

ピカピカに磨かれた光沢の中に、一人、本来そこにいないはずの鬼が映り込んでいた。


それは、覗き込んだ僕だったのだ。

第2章・了

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