第肆話

突然のEメールも驚いたが、その送り主が槐様であることにも驚いた。


『えーじ え

めんどうなことになつた

はよ、きもんにかえつてこい

やくそくだからな、やぶつたらなぐる

えんじゆ より』


――――――――可愛過ぎかっ!?

僕は柄にもなく、全文ひらがな(しかも『小さい【つ】』が変換出来てない)のEメールの破壊力に興奮してしまった。


だが肝心の内容はとても厄介だった。

槐様の言う『めんどうなこと』とは何なのだろうか。

『やぶつたらなぐる』らしい、殴られない為にも早めに帰るのが得策だろう。


「……一体、何があったんだろう……?」




楓に連れられ、再び【鬼門】へ。

市街地をせわしなく鬼たちが右往左往して、随分と賑わいを見せていた。

「お祭りでもやるのか?」

僕の言葉に、新兵と思しき少女が叫んで応えてくれた。

「とんでもねぇ、血祭りだよッ!!」


――――え??


「人間が、攻めて来たんだ!!」


――――エエエエッ!?

あり得ないはずの状況に、頭が混乱してしまう。

そも人間が、この場所を知っているはずがない。鬼の引率が無ければ、その道のりを辿る事すら不可能なはずなのだが。


「たった一人、ババアが来やがった!!」


ババア?

汚いその言葉に、何処か引っ掛かった。

「っ!!来るぞっ!!!!」

と、突如空が割れた。

轟音の焼夷しょうい弾が降り、ソイツの姿は宙高くに、いよいよ明らかになった。


顔をほとんどストールで隠して見えなかったものの、その殺気は本物のそれだった。

何より、その眼光の鋭い事!

とても『老婆』のそれとは思えない動きに、鬼ですらも圧巻されている。


だが一人だけ、槐様だけを除いては、だが。




「さあ永史、帰るよ」

老婆?は僕に向かって、左手を差し出してきた。

何処か懐かしく感じた。

「……無理だ。僕の居場所は、ここだから」

「…………お前……まさか」


と、2人の会話は遮られた。

「よもやオヌシがここを見付けるとは思わなんだぞ、やりチサ!!」

槐様が直々の登場である。

これには鬼たちも仰天。

『こんな事ってあり得るのか!?』

『あの槐様が!?』

『王宮の外に出て来ただと!?』

僕も驚いた。


林槍、というのは祖母の旧姓だからだ。

そしてチサ――――それは僕の祖母の名前。


そこに立っている老婆は間違いなく、僕の祖母であるやまがりチサその人だったのである。

「儂の孫を巻き込むんじゃないよ、槐。

おめぇのやり方にしちゃ、随分と小癪こしゃくじゃないか。えぇ?」

「護れなかったオヌシが悪いじゃろ。チサ。どちらにせよ孫は返さん。諦めい」


バチバチ火花が散っているのが解った。

昔からの知り合いだったのか、祖母と槐様が互いに呼び捨てで口喧嘩している。


「こやつはかつて、余を倒した女じゃ!!

――――オヌシらでは勝てんぞ、退け」

「槐様……まさか――――――――」

そう楓が呟いた直後だった。

まばゆい閃光が、衝撃波が、爆風が音も無く吹き荒れた。

それが祖母と槐様のけんげきだと気が付いたのは、吹き飛ばされ、気絶から目覚めた後の事だった。

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