第參話

鬼には嫌いな物が幾つかある。

それらは退治の際必須のものとして、後世に伝えられてきた。

節分にく炒り豆なんかが良い例である。

「…………違うの?」

「全くの別種じゃ」

『鬼は外、福は内』というフレーズ、そこに用いられる【鬼】とは病気の事なのだが、実はそれを起こす鬼に似た者は実在するらしい。

だが彼女達とは種族が違う為、フレーズとしてはとんだとばっちりだという。

「奴らとは格が違うんじゃ、格が」

毛嫌いも良いところである。


さて、突然だが僕は風邪をひいてしまった。

楓の風邪が今更移る訳がないし、普段と変わらず『勝手にわずらった』のだ。多分。


視界がぼやけるのは辛かったがそれよりも、持病のモノとは違う頭痛が僕を悩ませた。

思考もまとまらないし、気が散ってどうしようもなかった。

「おいこん。来い」

【根】と呼ばれた鬼が、突然現れた。

「何ですかい?」

「薬を。極力弱いのを一本頼んだ」

「りょ!」

根とやらはどうやらチャラいようである。


数分もしないうち、根は戻って来た。

その右手に酒瓶をたずさえて。

「へい、度数8パーの発泡酒ッスよ!」

「わざわざ買ったのか、ありがとうな」

「うい、サンキューでーす」

チャラ根はチャラチャラしたまま帰っていった。樹は手で栓を抜き、瓶から小さめのさかずきに注ぐと、それを僕の口に押し付けた。

「そら、飲め。『びーる』とやらだ」


薬も酒だとは、しかもそれで驚きがないとは、僕もすっかり鬼の生活に馴染んでいるやも知れない。


「……そういえば、鬼は洋酒飲まないね?」

僕はふと湧いた疑問を口にする。

樹がビクッと背中を震わせた。

振り向いたその顔は、怒りに染まっていた。


「洋酒……だと……?」


ギリギリと歯を鳴らし、威嚇のようでもある 静かな怒号に、思わずおののく。


「……知らないとは言え、この世には触れてはならない事だってあるんだ。

次はない、先の質問は忘れろ」


樹は怒りをそうしてさやに納め、くるりときびすを返した。




「…………楓、そいつの監視を頼んだ」


そう言い残すと、樹は忽然こつぜんと消え、代わりに戸を開けて楓が現れた。


「……久しぶりよの、福知永史」

「今まで何処に行ってたんだ?」


「あれからずっとあの【榎】と名をかたやからさがしておった。

彼奴きゃつ、やはり怪しいのじゃ」

「というと?」

「【鬼門】の戸籍には居らぬわ、地上で生活しておる訳でも無いわ、何処にって生きておるのやら全く掴めん」


ううん、と僕も思わず唸る。

鬼というのはどうにも、僕が思っていたより結構複雑な状況下にいるのかも知れない。


「……ま、えんじゅ様から何か連絡があるまでは、気にはするでないぞ。

先のいつきの様に、プンスカ消えてしまうからの」


そういってケラケラ笑う楓。

そして僕はといえば、机の上でブルブル震えている液晶画面付きの板に気がいっていた。


「ん……。これが『すまほ』とやらか。

随分ちんまい箱じゃの?」

「誰からだ……?

――――――まさか、嘘だろう……!?」


その着信は他でもない、槐様からのEメールのものだったのだ。

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