第7話

王宮は思っていたよりもこじんまりとしていて、あくまで『王の居室』という役割のようだった。

「……槐様、申しておられた、人間というのを連れて参りましたわ」

「……うぬ、通せ」


幼げながら風格を感じる声だった。

一体槐様という鬼は、何者なのか。


観音開きの木製の戸が開けられ、奥にその姿を確認する事が出来た。


櫻のそれより黒い髪は長く、束ねてあるがさほど意味が無い様に思える。


「お主が……人間か……?」


そう言い近付いて来ると、その姿が明瞭あきらかになった。

最早『幼女』ならぬ『妖女』である。

見た目は童女なのに、中身がまるで見えない。可憐かつ可愛いのに、怖く恐ろしい。


この鬼は間違いなく『槐様』だ。

僕の本能がそう警鐘を鳴らした。


「怖いか?緊張で体が硬ーくなっておるぞ」

そう言いながら胸元から腹を指でなぞる。

『はい』と言ったら無礼なのではないか……と思ったので嘘を吐く事にした。

「い……いえ」

「嘘を吐くでないぞ無礼者」


バレていた。だが分かった、ここでは嘘が無礼にあたるのか。

「申し訳ありません」

「うむ、呑込みが早いのは賢明じゃの」


なんて可愛らしい笑顔を向けて来るんだ。

不覚にもドキッとさせられ、恥ずかしさのあまり顔を背けた。


「……さて人間。オヌシを連れて来たのは他でもない、頼みがあるのじゃ」

「……何なりと」

頼まれているのに断れば、何をされるか分かったものではない。

まして相手は鬼。非力な人間では太刀打ちできようもない。


「我々鬼の飯が何か、知っておるな?」


「はい、楓……さんから教えて貰いました。人間の恐怖心で、生き延びてきたと……」


「その通りじゃ。しかしそれがもう手に入らぬ事も重々承知。そこで食糧しょくりょう難を避ける為に、酒を呑むのじゃ」


あ、そういう事だったのか。

非常食的なものだったのね、お酒。


「酒は霊力が濃縮される。自然から生命力を受け取る、好都合な形なのじゃよ。

――――でだ。オヌシから『さかな』というのを教えて貰いたい。

より酒を、霊力を得る為に必要なのだ」


肴――――おつまみ。


「……外出して、人間界に買いに行くのはアリでしょうか?

自分は酒屋の息子ではありますが、肴を作る能は無いのです。

より美味しい肴を食べて頂きたいので、見張りを着けての外出許可を下さいませんか?」


「……オヌシも策士よの。ま、良かろ」


聞こえる様に呟いて、槐様は大声で、

いつき!樹はおらんのかえ!?」

と叫んだ。

するとすぐに槐様の背後に、ソイツは現れた。

「樹はここに居ります」

「オヌシにこの人間の監視を命ずる。

余はコイツが気に入ったでの。これからコイツに酒の肴をおごって貰う」


「……仰せのままに致しましょう。

さて人間、私樹は監視役となった。

少しでも変な動きをすれば、容赦はせぬ」


「――――解りました」

僕、福知永史は鬼の財布になるようで。

これからの人生、かなり大変だろうけど頑張るしかないらしい。

出来ればお酒をたしなみつつ、残り長いだろう余生を楽しみたいと思う。


第1章・了

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