第6話

楓が【鬼門】の奥へ進んでしまって、僕は独り、取り敢えず市街部へ降りてみる事にした。

少し恐怖心もあったが、妖怪マニアとしての血が騒いで仕方無かった。

つまり、鬼の何たるかを知りたかったのだ。


知りたかった……のだが。

「貴様何奴じゃ!止まれ止まらんか阿呆アホ!」

胸元に『梅』と書かれたネームプレートを下げた、背の小さい少女に呼び止められた。

「アホとは失敬な。僕はアホじゃなくて人間です」

『梅』ちゃんは眉間にしわを寄せる。

「ますます怪しいぞ!貴様、もしや余所者よそものだな!」

「そうですが……何でしょう?」

「衛兵!この不敬者を捕らえろォォっ!!」

「……え?」


ネームプレート軍団が現れた。

もり』だの『松』だの『まき』だの、やはり木偏揃えの名前が群れて僕をさらって行った。

僕はそして牢屋ろうやに入れられた。薄暗い部屋の中で、弁明の機を待つ。


「……お前……人間なのか……?」

「ああ。酒好きの、人間ですよ……」

「俺ははる。……罪人だよ」

「何やったんですか?」


「――――その存在を消された鬼が居た。俺はソイツに近付こう、知ろうとしてしまった……。ここに属さず、されど去らず。

ソイツは存在自体が罪だ。

興味本位だったんだがな……。好奇心は身を滅ぼすぞ」


「……何か、ヤバそうな話ですね」

「ああ。実際やばい奴さ。……そういう君は?」

「……たまたま、王宮の近くを歩いていたらしいんです。不敬者扱いされて、そのまま牢屋送り」

「酷い話だな、俺は鬼だが同情するぜ」


同情……何か悲しくなるな。


「だが勘違いならそろそろ……」


直後、轟音が響いた。

「福知永史、外へ出ろ」

「……はい」




無罪放免。僕は牢屋から出た。

出口に1人、女性が立っていた。

実に黒髪の綺麗な人(正確には鬼)だった。

「ずっと待っておりました、福知永史殿」

そう言う彼女、ひたいつのよりも、首の下に着いた2つの大きな肉まんに目がいってしまう。

着物が若干はだけていて、たわわに実った双子の霊峰、その間に鎮座する峡谷きょうこくに釘付けにさせられた。


わたくしさくらと申します。

貴方の監視役として、遣わされましたの」


つやっぽい微笑にドキリとする。

丁寧な言葉使いを聞くからに、お嬢様か?

「……どうも」

「監視される意味がお解りでして?」

「まぁ何となくは、ですけど」

「……本当ですか?」

「…………正直自信ないです」

「これから貴方は、槐様に謁見するのです」


その言葉の真意を図り切れず、つい黙ってしまう。

櫻の双眸が、怪しげな焔を灯した。

「槐様が、貴方に興味があるのですわ。

さぁ、早く着いておいで下さいまし」


櫻はそういうと、細く白くしなやかな手を差し出して、僕の手を軽く握った。

少し冷たい指の柔らかさが、この世のものとは思えないほど心地良かった。


「王宮【じん殿でん】へ向かいますわよ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る