第5話

楓と一緒に、仄暗ほのくらく古い坑道の様な所を進む。


「私の……というより、もともと槐様の縄張りだった所を、住み処の無い鬼の為に開放している場所だから、くれぐれも失礼の無い様にな」

「分かった」

槐様……というのは、恐らく彼女の、ひいては鬼達のボスなのだろう。

ということは多分、1番の酒豪も槐様だ。

そも名前に『鬼』の字が入っている時点で、そんな雰囲気をかもし出しているのだ。

「……質問いいか?」

「ん……何だ」

「鬼は皆、木偏きへん揃えなのか?名前」

「そうだ。その昔は便が利いたぞ。何せ町娘みんな、そんな名前だったでの」

なるほど。彼女たちにとっては、スパイの潜入用のコードネーム的なものか。


「だが、槐様を含め上位におわす鬼は皆、街へ降りれなくなった。

国中で変革が起こったあの日から、百年以上、鬼は外へ出ておらんのじゃ」


変革……明治維新の事だろう。

妖怪や伝承の存在はそこを境に、民衆の前から姿を消した。

諸外国の介入、生活の変遷に伴って、彼女ら妖怪の主食である『恐怖』が外国にしか向かなくなってしまったから、人から離れる事でスレスレの状態を保って来たのだ。


「……だがそのも、そろそろ限界なのじゃ。自然界で得られる力は無限ではない。何処かで人間界と繋がりが無ければ、我ら鬼は絶えるだろう。

……実際、下位の妖怪は絶えた者もおるぞ」


やはりとんでもない歴史に、僕は首を突っ込んだのかも知れない。

彼女たちの現実はあまりに重い。

僕1人がその渦中に入ったところで、どうこうなる問題では無いと思うのだが……。


「強い者はいち早く隠れた。

その場所には霊力が現れ、いつしかそこを『ぱわーすぽっと』などと唱って信仰が集まる様になった。

鞍馬くらまなんか良い例じゃろう?」


天狗のまち・鞍馬か。

なるほど、確かに信仰は厚いと思う。


……だがこの楓、カタカナが苦手なのか?

所々言葉に詰まるとは、可愛い所もあるじゃないか。


「……それ、もうすぐそこじゃ」

「!……ここが…………?」

「そう、ここが鬼の住まう今際いまわきわ現世うつしよはて、【鬼門】じゃ」


鬼門。

かつて北東・うしとらの方角は、忌むべきとされその様に呼ばれた。

ここはまさに、地底に造られた鬼の楽園。

至るところに朱の鳥居やらいわややらが点在する、現代の鬼ヶ島なのだ――――。


見ると、地底ながら光があった。

【鬼門】の中心部にある巨大湖に僅かに差し込んだ日光が乱反射しているのだ。


「ここ、中々に良い所だろ?」

と、背後から誰かが話し掛けて来た。


「やあ人間の若造君。ボクはえのき

「福知永史です」

「……永史、名前はかたれ。妖怪や幻獣の類は、名前を知り支配するものだ」

「……ボクが彼を喰うとでも?」


楓の表情、雰囲気が変わる。

怒りの様な、敵対心が見えた。


「……鬼でない者が、何故【樹名】を名告なのる?」

「バレちゃってたか。まぁ良いや、じゃっ」

「待て!!…………逃がしたか」

「……アイツは?」

「奴は――――鬼ではない何かだ」


それしか言わず、楓は先をズンズン歩いて行ってしまう。

僕はその背中を、ただ見つめていた。

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