第4話

人生のたのしみという奴を奪われると、人はこうも堕落してしまうのか、と驚いた。

高校生の癖に、僕は呑兵衛のんべえだったのか。

その事実より何より、勉強が手に付かなくなったのが困った。単元テストの結果が惨敗に終わり、補習の点数もかんばしくなかった。

このままでは、学生生活の存続も危うい。

……でも、酒が恋しい。

安い奴で良いから、酒が呑みたい…………。


およそ高校生の思うべきでない思想が頭を埋め尽くし、そしてふと思った。


……自分ぼくん、お酒あるじゃん。

だって仮にも酒屋だし。


そして僕はとうとう、その手を汚した。

自らの家のお酒、祖父が我が子の様に愛を尽くして育て上げた酒を一口、くすねた。


背徳感がまた、酒をうまくした。

嗚呼、堪らない。

だが、それまでだった。

あの時の少女が、再び僕の前に現れたのだ。


「盗んだ酒はそんなに旨いか?」

だが今回は、やけに高圧的である。

「盗んだなんて人聞きが悪いぞ。僕は利き酒を辞めさせられた。その代わりに一口だけ、拝借しただけだ」

「人はそれを、『盗んだ』と言うじゃろう」

「鬼なのに、随分犯罪に躊躇ちゅうちょするんだな?」

「見くびるな、お前らとは生まれが違う。お前らの様な下賎の民と京の貴族……。

その差は言うまでもなかろう?」

「この国にはもう、貴族なんていない」

「…………何だと?」


少女はその言葉を聞くと、言葉に詰まった。

『自分は貴族』という、プライドがあったのだろう。


「もうこの日本に、階級制は存在しない。

……山奥でご隠居してたから、知らないか」


と、地鳴りが起きた。

少女がドンと1回、足踏みしたのだ。

「力の差を解っておらんのか……たわけが」

「……っ」

「ここでは本気で殺れん、出るぞ」


と、景色が急に変わった。

夜の肌寒い空気が、ひゅうと僕を包んだ。


僕はそして、今更思い出した。

鬼は『神隠し』を行える、相当格の高い妖怪であった事を――――。


※神隠し――霊的なものが原因で起こる行方不明的なもの。一説に天狗の仕業とも言われるが、ここでは鬼によるもの限定とする。




「……さぁて、どう喰われたい?

生きたまま素揚げにされるか?

げんを担いで頭をガブリか?

息の根をジワジワと毒で止めるか?

……死ぬより酷い事だって出来るぞ」


「じゃあその死ぬより酷い事をすれば良い」

「本気か?……まぁいい。

ずっと『私達』鬼の小間使いにするぞ?」

「構わない」

「……変な奴だな。何故だ?」

「もう、面倒なんだ。

正直、学校で浮いてる自分が……嫌でさ。

それならいっそ、酒呑んで忘れたいかな」

「……本当、解らんな。人間って生き物は」


そう言って僕から振り返り、向こうを見ながら呟いた。

「まぁ酒好きなのは、……悪ぅないぞ」


こうして僕は、かえでに連れられ鬼のに行く事になった。

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