第3話

気が付くと永史は自宅の、自分の部屋で仰向けで寝ていた。

起きて茶の間に行くと、そこには祖母が。

「こっちんさいな、永史」

言われるがまま、テーブルを挟んで祖母と向かい合う様に座る。

テーブルの上には徳利とっくり御猪口おちょこ

「――――ちい待ち、何と逢ったんだい」


祖母の五感は鋭い。

永史はその事を知ってはいたが、『何があった』ではなく『何と逢った』と言う祖母の卓越した感覚に、その事実を改めて実感させられた。

「……実は――――――――」


永史は現か夢かも判らないそれを、包み隠さず話した。多分『嘘だ』と笑われると覚悟の上で。

が、祖母が取った態度は、その覚悟を裏切った。

「そうかえ。……わしも少し、話があるでの」


そう言って祖母は自室に行き、そして戻って来た。その手に1つ、巻物を握って。


「……これはな、とある伝説の巻物さね。

おめぇも良く知っとる奴じゃ。『鬼退治』」

「!!」


鬼退治の物語なら、有名どころは押さえているつもりだった。が、祖母が『良く知っとる奴』と言う時、永史は大体初見である。

期待と不安、その両方を越える興奮で胸騒ぎが止まらない。

「『きょうにあらわる化生けしょうおんきみかることの絵図えず』……?」

「そう。御公とはここでは、坂田金時じゃ」


その名前を聞いて、脳内でストーリーが出来上がっていく。

坂田金時とは『熊殺し』として名を馳せた、名のある武士である。

童話では『金太郎』としても有名だ。

で、彼は成長して『頼光四天王』の1人として京都大江山の鬼退治を行ったとされる。

だが何故、そんな偉業を修めた絵巻物が、遠く離れた北海道にあるのだろうか……?


「鬼というモノはな、人がいる限り死なん。欲の権化だからの。

……『退治』こそされたが、酒呑童子及びその子分たちは誰1人として、死んでいない。

奴らは北に逃げた。

都の人間にとって北の地は、いやしき民の棲む異境だった。鬼にとってはそれが、この上なく好都合だったんじゃよ。

子分たちは北上するに連れ離散した。

そして首領の酒呑童子はここ、北海道に辿り着いた……。

――――。かつて十二支方角でしとされた鬼門が、ここに体現された。

言い伝え・言葉の魔力に縛られた日本人だからこその脅威じゃ。

鬼の住む所に毒はある。

北の大地に毒がかれ、人々は鬼の再来をおそれ、その地を蝦夷えぞと呼び敬遠した……」


祖母はそう、散々語り尽くした。

僕の想像を軽々と凌駕りょうがする、祖母が語った物語。

きっとそれだって、まだ続きがある。

その断片に、僕が巻き込まれているのだと思うと、とてもじゃないが頭がパンクしそうだった。

僕が知るにはあまりに壮大過ぎるのだ。

それこそが、本当の伝説――――。


「……今日から利き酒は辞めじゃ。

『奴ら』の鼻は、何より酒を嗅ぎ付ける」


祖母はそう言うと、さっさと寝室へ入ってしまった。

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