第2話

放課後……。

学生であれば少し浮かれる時間である。

授業という呪縛から解放され、食べ残した1日の余りに、思い思いにがっついていくのだ。

永史は読書が好きだった。しかし、ライトノベルではなく、民俗伝承や説話集である。


歴ヲタなのに仲間と話が合わない。それは彼の専門が古代、その中でも神代だったからなのである。

若干オカルトが被るのかも知れないが、永史はかたくなに【歴ヲタ】という肩書き(?)を捨てられなかった。


……よし、今日は【古事記】を読もう。

そう決意した彼は、帰りのホームルームが終わるやいなや、鞄を担いで学校を走り去っていった。


『ふふ、中々に愉快な男の子じゃん……?』

校門に座っている少女に、しかし誰も気付かない。

頬を赤らめて、幼げな笑顔で永史を見つめていた。

『さ、仕掛けますか……っ』


校門を蹴り上げ、小さな肢体がふわりと軽く、宙高く舞い上がった。

「……お兄様ァァァァっっ!!!」

「――――――――へっ!?」

衝突。永史は妙にツいてる人間だったが、この時ばかりは無傷でいられるなんてご都合展開になるはずもなく、肋骨6本と背中に打撲、全治8ヶ月の重傷となってしまった。


何が起こったんだろう?

永史は何故か病室ではなく、獣臭のする穴ぐらで目が覚めた。

ふかふかのシーツではなく、わら

フルーツのバスケットではなく、木の実。

お世辞にも綺麗とは言えない様なところに、永史は担ぎ込まれたのだった。


「目ぇ覚めた?お兄様★」

「……君は……誰だ……」

「私はかえでだよっ★」

「僕は君の兄じゃないぞ……?人違いだと……思う」

少女の姿を見て、永史は絶句した。

いや、『少女』という呼び方さえ正しいのだろうかと疑ってしまう。

見た目こそ少女のそれだが、瞳に映る感情は妖艶かつ歳不相応。

とてもじゃないが人間味が無かった。

『以下』ではなく、『以上』という意味で。


「いいえ、これからお兄様は『お兄様』。

楓の為に、私だけのお兄様になって?」


何を言っているんだ…………?

少女の発言の意図を、永史はむ事が出来ない。

「人間じゃないと、駄目なの――――」


と、楓がパタリと倒れてしまった。

「!!大丈夫かっ!?」

「んうぅ…………」

ひたいを楓のおでこに付ける。

灼けるほどの熱量を帯びた肌。

確実にそれは、風邪だった。

せきや鼻水などはないが、こんな寝床で暮らしているのなら風邪を引いたところで不思議はない。

だがそもそも、この娘は何故こんな所に?


「さ……くれ……」

「何だ、何か欲しいのか?」

「……酒……を……くれ……」


――――躊躇ちゅうちょやら戸惑とまどいやらが頭を巡った。


こんな小さな娘が、お酒……?

実は永史の鞄の中には、必ず利き酒用の酒が3種類入っている。

渡せばそれで良いのだろうが、……いや良いのだろうか?

いつもは気にしない【触法】の2文字が脳裏にこびりつく。


――――ええいままよ、どうにでもなれ!


永史は鞄をあさり、入っていた芋焼酎入りの水筒の口を少女のくちびるにあてがう。

桜色の隙間に、穀物の魂が流れ込んでいく。


あぁ、かなりの安物だ――――。

だが無いよりは、恐らくはマシだろう。


最早この学生の眼は、ラベルを見ず、飲まずとも酒の質が判る程洗練されていた。


「…………んくっ、不味いな……この酒」

少女も少女で舌が肥えている。

この異様な光景に、しかしツッコミを入れる者はいない。


「だけどまぁ、有難うねお兄様★」

「だから君の兄じゃないって。

……でも君、かなり【判る】んだね?」

「お兄様も相当だよ?現代の学生じゃまず有り得ないレベルだと断言出来るくらいには」

「一体君は、誰だ?」


少女はすると、不敵な笑みを浮かべる。

そして人ならざる者の片鱗を現して言った。


「私は、酒好きの幼女……と言っても信じてくれないだろうなぁ。

仕方ない、えんじゅ様からのお叱りを覚悟で教えてあげる。

私は鬼。お兄様なら多分、私の祖先が解る」


あとは頑張って調べて、と言って、少女は姿を消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る