爨話

 意識が戻ると、私は蜘蛛の姿でガラスのケースの中に居た。意識が戻った?はて、私は気絶でもしていたのだろうか?

 そんな事を考えているとが私の入ったガラスの前に来た。


 「ただいまー。シュピンネちゃん私を癒してー」


 そうだ、私の名前は『シュピンネ』だった。って何で忘れてたんだっけ?うーん………………やっぱりさっきまでの記憶が思い出せない。しかし、思い出せないということはそんなに重要なことなのでは無いということだろう。

 私は内側からケースの蓋を開けて恵子の元へ近寄る。そして恵子に抱き抱えられる。どうやら私は他の蜘蛛よりも大きいらしく、その為、家の外には出してもらえない様だ。

 私は抱えられたままジッと動かず解放されるのを待つ。世の中、蜘蛛などの虫が嫌いなヒトが多いと何処かで記憶した覚えがあるが……思い出せない。しかし、恵子はどちらかと言うと『そういう系が好きな人種』と呼ばれているヒトらしく、家には仕事の同僚を連れて来ない。世間ではそれを『ボッチ』と言うそうだ。


 「はぁー癒されたー。ありがとうね、シュピンネちゃん」


 恵子はソファに座って私を膝の上に乗せると、そう言って私を撫で始める。


 「こう、シュピンネちゃんの綺麗な毛を見ると私達が始めて出会った頃を思い出すな〜」


 突然、恵子がそう口にした。確かにあの頃の私は汚れていたと自分でも思う。


 「あの時は確か、私が仕事で山道を歩いていた時だっけ?その時に貴女と出逢ったのよね……あの頃は今より少し小さくて汚れていたけど可愛かったな〜」


 それは違う。恵子が仕事の同僚と山道を歩いていたら逸れて、私の巣に近付いたから警告しようと近付いた。それで今に至る。ちょっと恵子の記憶が改ざんされているのではと心配になる。


 「その時に私が貴女を保護したのよね〜」


 あれは保護とは言わない。捕獲が正しい。急に私に飛びかかって来たのだもの。


 「その後、確か保護してもらったお礼に巨大な虫の魔物を倒して車の所まで道案内してくれたのよね〜?」


 それも違う。あれは餌が自分から私の所まで飛んで来たから捕食したまで。あの虫め、恵子の同僚を喰ったから私の行為が勘違いされたではないか。折角の私の暮らしが…………まぁ、今のこの環境はこれはこれで良いものだし……


 「さーて、お腹も空いてくる頃だし夕食を食べよっか」


 恵子はそう言ってキッチンに向かい、カップ麺の容器にお湯を入れて五分待つ。その間、リビングで録画した深夜アニメの類を五分タイマーをセットしておいてから見始める。五分タイマーが鳴ると、恵子は録画を一時停止してカップ麺をテレビのあるリビングに持ってくる。そして再生してカップ麺を食べながらアニメを見ている。

 正直に言うと女子力が欠けている。こんな蜘蛛の私が言うのもなんなのだが、もっと女性らしい物を食べてもらいたい。恵子の見た目はとても美人で、知的で、クールな感じの女性なのに中身が残念すぎる。しかし、そんな偏った食生活なのにスタイルが維持できているのがなんかこう不思議とヒトと思えなくなる。


 「いやー毎回思うけど。カップ麺の醤油味を食しながら深夜アニメを見るのは最高!」


 終いにはこの台詞。私がヒトになれたら恵子の食事を作ってあげたい…………って何を思っているのだろうか私は。恵子は私を捕獲したヒトではないか。そうすると何故、私がその様な心配を………?

 まあ良い、私は私の食事を済ませよう。私は自分が入れられていたガラスケースの中に戻り、巣に引っかかった餌に噛み付く。そして毒を流し込んで動けなくする。動かなくなったら糸で包み後は栄養を吸う。

 不味い。やはり森の虫の方が美味しい。しかし我慢しなければならない。私は外に出られないのだから。

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