移地話

 日差しが目に入って意識が徐々に私の人格を構築し始める。そしてを開く。どうやら私は寝てしまったらしい。そしてで瞼を擦る。

 そこで意識がハッキリとした私は驚く。私には手が生えていたのだ。そこで、体を起こし辺りを見回した。今まで丁度いい位の大きさであった洞窟は今ではとても広く感じる。そして、今まで小さい物と思っていた餌たちはヒトからすれば十分大きな恐怖だと知った。私はヒトの大きさに縮んだのでは無く、人になってしまったのだ。これは恐らく私がヒトの言語を解読し、身につけてしまったからなのだろうか?

 しかし、ずっとここに居るには良くないだろう。さっきから、羽虫の音がうるさい。ましてやここは洞窟の中だ、この体でいつ出会うかもわからない。今はここから離れなければ……

 私は立ち上がろうとした。そこで右手に何かが触れた。そこに目をやると開いたままの本があった。


 「ア……ウ、ウゥ…ア、アァ……これは……昨夜、私が読んでいたものなのだろうか?


 まだ、私は上手く人語が話せないようだ。この姿になったということは、すぐに話せると思ったのだが……

 私は立ち上がると、その本の内容を確認した。



 ―――――――――――――――――――――



  《名前》名無しネームレス

 《種族》魔物-蜘蛛(人化可能)

 《年齢》160歳(人間時16歳)

 《技能アーツ》-固有オリジナル:糸生成、蜘蛛狩人の眼

     -通常ノーマル:パンチLv5、キックLv5、繰糸術Lv5

 ⦅異能スキル⦆-多足、繰糸、蜘蛛支配

     -常時パッシブ:情報偽造、魅了無効、身体能力拡張、異種族語理解(読・聴)

     -秘密シークレット:蜘蛛



 ―――――――――――――――――――――



 「ア…ゥウ?何…これ?


 どうやら私のことが書かれているようだ。それを確信したのは異能にある『蜘蛛支配』だった。この異能は大体50年位前に使った覚えがある物だった。しかし、あの時のことは今も思い出したくない。

 それより早くここから出なければ危ないかもしれない、と思った私は腰までに長さの黒色の髪を疎ましく感じながら本を抱え、洞窟を出た。

 外に出ると、辺りは緑色の植物に覆われていて驚いた。しかも明るく、暖かい。たまに弱い風が人肌に触れるが、それはそれで心地よい。しかし、そこに一つだけ邪魔なものがあった。虫の鳴き声がうるさいのだ。ミーンミーンと鳴いていて何故か暑さを感じさせられる。

 私は、その暑さを堪えながら自分が出てきた洞窟の入り口を見る。洞窟の第一印象は、入り口等に蔦が張ってあり、とても古めかしい物だった。よく目を凝らして見ると、洞窟の上に何か書かれている。


 『 ◼︎◼︎ ン ル』


 「ァ……ウ?ン…ル?


 何を書いているのか判らず、私はその場に立ち尽くしていた。文字が消えていたり崩れてしまっていて読め無いのだ。

 すると、背後から足音が聞こえた。私は振り向くと、1人のヒトの雌がこちらに向かって歩いてきた音だった。そのヒトはある距離に来ると、私の方へ駆け寄ってきた。


 「あ、貴女!こ、こここ、こんな所で何をしているの⁉︎し、しかもで!と、兎に角、早くここから離れましょう!」


 そのヒトは私の腕を掴むと、来た道を急ぎ足で私を引っ張っていく。私はどう状況かわからなかったので付いて行くことにした。

 ある程度の下り坂を降りると、道の端に四つの円状の何かを足にしている変な形の箱が見えた。そしてそれに私は毛布を羽織らされて乗せられた。


 「ここまで来ればもう大丈夫かな……それにしても何で貴女はあんな危険な所で一人でいたの?」


 「アア…………ウゥ?何故と言われても……そこが私の巣だから?


 「ごめんなさい。貴女、まさか喋れ無いのかしら?」


 私はその質問に首を傾げた。そうだ!あの本を見せれば……でも魔物ってバレないだろうか?


 「うーん……困った…もう後で聞けばいいかな?」


 ヒトは何かブツブツと呟いている。


 「あ、そうだった。私の名前を教えておくわね」


 そう言ってヒトは私に何か紙切れを渡された。


 「私の名前は『鴛華 恵子おしばな けいこ』って言うの。まぁ話せるようになったら恵子って呼んで良いわよ」


 「kエイ…オ?ケイ…コ?


 私は試しに発音してみた。しかしどうも口が動かし難い。


 「まぁそうなるわよね……さ、今から車を動かすから、絶対に毛布を崩しちゃダメだからね」


 「dオ……テ?どうして?


 何故私はこの状態でなければダメなのだろうか?


 「今のは理解できたわ。『どうして?』よね?」


 私はその問いに頷く。


 「それはね、今向かっている所の常識なの」


 「ヨウ……イイ?常……識?


 常識とはなんだろう?あゝ、そう言えば洞窟に来たヒトは何かを身につけていた記憶がある。


 「そう、常識なの。しかも貴女は女の子なんだからもっと緊張感を持ってもらわないと困るのよ…………」


 成る程、ヒトの雌はそういうのに拘るのか。ならこの状態は確かに慌てる。

 なら作るか。私は技能にあった糸生成を使い指の先から伸ばしていく。そしてそれを繰糸術で動かして身に付けるものを編んで行く。


 「エkイア出来た


 思わず声に出してしまった。その声に恵子は車の中にある『ばっくみらー』と呼ばれる鏡から私を覗いて驚いた。


 「え⁉︎あ、貴女いつの間にそのワンピースを?」


 私はその問いに答えられないので黙ってワンピースと言われた物を着る。


 「アーウ?これでどう?


 「え、ええ、それなら問題無いわ……」


 何処かおかしかっただろうか?私は途中までその事を考えていたが、途中で考えるのをやめた。いや、正確にはやめたのでは無い。止まったのだ。何故かというと、車の窓から外の景色にふと目をやると、そこは大きな縦に長い四角い物が沢山立ち並んでいた。その迫力に私は押し潰されそうになった。徐々に私が乗っている様な車が増えていく。それと同じ様に道の端に歩いているヒトもチラチラと見え始めた。

 しばらくして恵子はとある縦に長い四角い物の『駐車場』と書かれた所に車を入れる。恵子にここで何をするのか聞くと、ここは『マンション』と呼ばれている建物で、ヒトたちが集まって暮らす『しゅーごーじゅーたく』だそうだ。どうやら私はここで過ごすことになるらしい。

 恵子はマンションの入り口で何か出っ張っている所をあちらこちら押して扉を開ける。私は突然開いた透明な扉に驚いたがすぐに恵子が入ってしまってので私は急いで後を追った。

 今後、私はこの姿のままなのだろうか……?

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