タダカツ、宣言する


「お疲れ様でした。カサンドラ、エリアル間の治安維持の達成につき、報酬は銀貨三枚です」

 道中で一晩を明かした二人は、翌日エリアルに着くとその足でギルドへと向かった。依頼達成をギルドに報告して始めて報酬が発生するのである。

 報酬額を決める要員としては、治安維持依頼については主に距離と危険性の二点だ。遠いほど、或いは危険な場所ほど報酬額が上がる傾向にある。

「すみませんが、追加でお話することがあります」

 シルヴィアが口を挟む。彼女自身、護衛依頼をギルドの仲介で発注していた関係からギルドへの報告義務があった。ただ、内心タダカツが本当に報酬を受け取る手続きを行えるのか不安であったために付いてきたのが本音である。

「私の発注した護衛依頼ですが、依頼を受けた銅級四名が野盗の襲撃で亡くなったため、取り消しと依頼料の払い戻しをお願いします。またそれに関係するのですが、こちらのタダカツがその際野盗を排除しました。従って、彼に依頼外戦闘についての手当てを適用していただきたいのですが」

「承知いたしました。冒険者以外による証言が認められたため、タダカツさんにはギルドより手当てが支給されます」

 治安維持依頼の内容は、都市間を移動する事である。それ以外は依頼内容に入っていない。従って、戦闘が発生した場合は、ギルド側から手当てが支給される。ただし冒険者本人の証言では証拠として弱いため、その場に居合わせた冒険者以外の人物による証言が必要となる。

 このように、いざ戦闘になるとほとんど無駄骨となることから、治安維持依頼は不人気であった。

「それでは、依頼料を返却いたします。銅級冒険者による護衛依頼で、一人につき銀貨五枚の依頼料でしたから、四人分の銀貨二十枚となります」

「金貨にできませんか?金貨二枚分ですが」

 クレイドルに存在する貨幣は、基本的に五種類存在する。価値の低いものから順に、石貨、鉄貨、銅貨、銀貨、金貨といった具合である。そして一つ上の貨幣となる度に、価値が十倍ずつになる仕組みである。石貨を仮に一円とすれば、鉄貨は十円、銅貨は百円、銀貨は千円、金貨は一万円に値する。

 ただし、もう一つ上の位の白金貨が存在するが、これは例外的に百万円に値するものである。かつて一度に大量のお金がやり取りされるような場合に不便が生じたため導入された貨幣であるが、クレイドルの大半の人は目にする機会がない代物であるため、あまり大した物ではない。


「かしこまりました。……こちらになります」

 金貨二枚が、シルヴィアのタグと共に手渡される。ギルドを利用するものは必ずタグの利用が義務付けられており、冒険者以外のタグには色がついていない。

「あと、此方が亡くなった冒険者四名のタグです」

「ありがとうございます」

 ここで漸くタダカツが声を出した。

「そいで、己の分の報酬はどうなったかいの」

「治安維持の銀貨三枚と、手当てとして銀貨五枚で計八枚となります。ご確認ください」

「おう。確かに受け取った」

 そのまま身を翻し去って行くタダカツを、シルヴィアは慌てて追いかけた。


 ギルドを出ると、日差しが暖かい。馬車を引いて移動した疲れなのか、シルヴィアは何でもない光が体に染み渡るような気分になった。

 一方隣を歩く大男は相変わらずの様子である。のっしのっしと大股で歩き、疲れた様子がまるで見えない。本当に疲れてなんかいないのね、とシルヴィアは感心している。

「ねぇカッツ。貴方、ギルドでお金を預けられるってご存知?」

 タダカツは足を止めると、シルヴィアの顔をじぃっと見つめている。

「そりゃ何ぞ?」

「まぁそうだと思ったわ。何せお金をそのまま頭陀袋に入れてるんですもの。いっそ貴方らしくて安心したぐらいよ」

 そう言って大仰に肩をすくめてみせるシルヴィア。

「冒険者はね、自分でお金持っていると盗まれたりして危険だから、ギルドに預ける事が出来るの。勿論手数料は取られるけどね。でも、タグのおかげで残高の管理が凄く楽に出来るから、商人も重宝する仕組みよ。さっきは冒険者って言ったけど、タグを持ってる人なら誰でも受けられるような仕組みだからね」

 スラスラと唱えるシルヴィア。

はそんな事も出来るんかいの」

「えぇ。色んな情報を扱うものらしいわ。ギルドの独占技術だから、私も詳しいところは分からないけれど」

 ギルドの設立は、およそ百年前のことである。都市が発展を遂げ、人々が次なる生活圏を求め冒険者を名乗り出した頃のことだった。当時幾つかの都市が既に存在していた事から、それらの持つ技術や人材などが集約されたと言われている。

 しかし、不思議なことにタダカツ達の生きるこの時代において、タグらしき技術を保有する都市は存在していない。ギルドだけが保有する独占状態である。

 なお、似たような独占状態にある技術や恵みは確かにそれぞれの都市に存在するため、別にギルドだけに限った話ではない。


 暫くするとタダカツはハッとした様子を見せた。

「……ひょっとして、さっき己は馬鹿にされとらんかったか」

 何も考えていないようで、妙に勘のいいところがある。タダカツとは、闘争本能や野性がそのまま人型をとったかのような男であった。

「そんな事ないわよ。ただ、これからは貴方の舵を取らないとな、って思っただけ」

 シレッとそう返すシルヴィアは、内心タダカツの勘の冴えに舌を巻いた。

「そうか。ならいいが」

「あら?今確かに“いい”って言ったわよね」

「言うたが」

「言質取ったわよ。早速だけど、カッツに任せておくと危なっかしくて仕方ないので、お金は私が管理することにします。と言うわけで渡しなさいっ」

 突然ビシッと指差すようにして宣言してみせる。そして悪い顔でジリジリとにじり寄るシルヴィアを見つめると、タダカツは当たり前のように頭陀袋を手渡した。

「……言い出したのは私なんだけどさ、本当にいいの?」

 コクリ、とうなづくタダカツ。

「己は戦餓鬼と言うたろ。それ以外何も分からんのだ。そいなら、しるゔぃあに任せた方が良か」

 あっけらかんとタダカツは言い放った。

「……そう。任されたわ。貴方の手綱をキッチリ握ってみせる」

「おう。どの道己が路銀なぞ持ってても意味はないからの。何に使っていいかよう分からんし」

 シルヴィアはしれっと言ってのけたタダカツを前に、絶対にこの男を一人で歩かせてはいけない、と確信を抱いた。

 もしあの場で会う事が無ければ何かとんでも無いことを仕出かしていたかもしれないと思うと、護衛に出来た事は不幸中の幸いだったように感じた。

「路銀については詳しいに任せる。己の為す事はただ手柄をあげることのみ。護衛だからの、そこはきっちりやる。それに、主は己に月金貨十二枚出すと言うたが、治安維持を毎日受けた場合は月にざっと金貨九枚。一月三十日だからの。つまり主はそれより己を高く買ってくれとる。それ故己もからあまり離れたくないのだ。親父にも、金額は嘘をつかんと言われたからの」

 珍しく長く喋ったタダカツは、一通り話し終えると満足した様子でまたのっしのっしと歩き始めた。足取りは力強く、疲労を一切感じさせない。

 一方シルヴィアは固まっていた。相方がぐんぐん前に進んでいることにも気付かずにいる。

「あのカッツが計算をまともにやってのけたなんて。……昨晩の料理で何かまずいものでも出しちゃったかしら」

 呟いた言葉が虚しく響いた。


 気を取り直したシルヴィアが追いつくと、突然タダカツがくるりと身を翻した。何かただならぬ様子である。

「のう、。……ありゃ一体」


 呆然と呟いたタダカツが指差す方向には、異様な影が垣間見える。不自然なほど高くそびえ立った何かが、薄暗い影を落としていた。









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ストロング・オブ・タダカツ キートン兄貴姉貴 @KEytOn-O2

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