タダカツ、釣られる


 パチパチ、と焚き火が音を立てている。エリアルへの道を行く二人は、途中で野宿することになったのだ。

「それで、タダカツさん……」

、ちょいといいかの」

 突然タダカツが口を挟んだ。

「その口調、息苦しいからやめてくれんか?己は回りくどいと困る。だんだん何言っとるか分からんくなる」

 容赦なく突っ込んだタダカツ。思わずこの男は、と顔が引きつるシルヴィアである。

「……えぇ、分かったわ。こっちも貴方とは長い付き合いにしたいと思ってたのよ。だからちょうど良かったかもしれないわね」

 タダカツには聞き捨てならない言葉だった。

「む?もしかして己は何かしでかしたんか?何故主は己に付き纏おうとするんか。さっぱり分からんぞ」

「そういうことじゃなくてね。……貴方は回りくどいのがお嫌いのようだし、はっきりというけど。貴方、私の護衛にならないかしら」

「むぅ。……そういう話が出たら、“要相談”ちゅうことを親父が言っとった。いや、はそもそも何故そうしたいんか?」

「私は商人なの。よく人には、女一人でできっこないって言われるけどね。実際、商品を持って移動するこの仕事は襲撃に遭う危険が高いのよ。それで貴方が通り掛からなかったら私も死んでたわ。ドジを踏んだのは久しぶり、私も焼きが回ったわ」

「そいで?」

「移動の際に商人は安全確保のために護衛を雇うの。だけどこの費用が結構かかる。今回の商売は特に気合を入れてたから、奮発して銅級を四人も雇ったんだけど。……あんな規模の野盗なんてありえないはずなのに。精々二人一組がいいとこなのよ、普通はね」

 ため息を一つこぼすと、シルヴィアは話を続ける。

「そこで貴方の出番って訳よ。あれだけの数を一蹴した貴方の強さは本物よ。だから護衛になってくれれば私も一安心ってわけね」

「そいで、待遇はどうなるんか」

「月に金貨十二枚。私が出せる最高額よ。分割して払ってもいい。それで、移動時には馬車で寝泊まりできるわ。そして三食私が作る。まぁ、こんなとこかしらね」

「相場とやらが良く分からんから、なんとも言えんの。己の覚えてるんは、冒険者を無くしたら金貨二枚ってことだけ。……それより飯が肝心だの。、主の飯は美味いんか?」

「ちょっと心配になってきたわね……。それはさておき、結構長くこの生活をしてたのよ?甘く見ないで頂戴。今から作るから、ちょっと待っててね」

「おう、己は腹減った」

「だから、ちょっと時間かかるって言ったでしょ、もう。……なんだか大きな子供みたいな人ね、貴方」

「そうかのぉ」

「そうなのよ」

 言い合いながら、シルヴィアは焚き火の具合を確かめている。

「しかし貴方には驚いたわ。品物を全部彼処に捨てて軽くしたとはいえ、まさかここまで馬車引いて歩くなんて未だに信じられない。貴方、本当に人間?実は言葉を話す魔獣だったりしないかしら」

、己を馬鹿にしとらんか。己だって闘技場で色々学んどるんだが。とか、とか」

「それ全部格闘技じゃない。って、あら?貴方闘技場出身なの。道理で強い訳ね。剣闘士になること自体が相当強くないと難しいって聞いたわ。ましてやその上で毎日訓練するのだから……」

 そう言いつつ馬車から取り出したフライパンを器用に振るうシルヴィア。ベーコンの香りが食欲を誘う。

「本当に貴方には助けられたわね。馬車を放棄せずに済んだし。今回の商売は大赤字だけど、命あっての物種だしね。この馬車、ほとんど家として使ってきたから、最悪これと私さえいれば商売は幾らでもやれるわ。私こそがこの商会と言っても過言ではないのよ」


 あの後、シルヴィアとタダカツは死屍累々の惨状の後始末をした。タダカツは亡くなった冒険者達のタグを、シルヴィアに言われて回収したかと思えば、突然全員の首をスパスパ切断し穴を掘って丁寧に埋めていく。

 シルヴィアは見たこともない行為に仰天しつつも、どこか納得していた。実の所クレイドルでは、死体は一晩も経てば忽然と姿を消すのである。この様子を最初の人々が「地に還る」と評したように、極当たり前のことであった。その為普通は亡骸を茂みや木々の間に放置するにとどまる。残酷なことのように思うかもしれないが、それが普通のことなのだ。

 一方でタダカツのやったことは無駄なようにシルヴィアの目には映るものの、そうたいした違いもない為すんなり受け入れた。


「しかし馬は残念だった。時間も足もないから置いてくしかなかったが、出来れば肉を食って供養したかったの」

「そうね。あの馬車を使い始めた時からの付き合いだったわ。もう少し何かしてあげたかった」

 料理をしながらする話でもないと思うが、さして気に留める事もなく二人の会話は続く。

「でも、少なくとも地に還るのは確かよ。それだけが救いね」

「おう。最期まで役目をキッチリ果たしたのだから、そいつを誇るのだ。主がそうせんで誰がする」

「そうね。……ありがとう。貴方が言うと胸にストンと落ちたわ」

 しかしその胸元は寂しげである。

「さて、と。出来たわ。頂きましょうか」

 暖かいスープに、保存の効く硬いパン、そしてチーズと焼いたベーコン。スープは大きめに切られた芋がゴロゴロとしていて食べ応え抜群だ。奮発して入れた野菜類が疲れた体にありがたい。そして香草を効かせた風味は、食べたものに懐かしさを感じさせるまさに家庭の味。いつもの硬いパンもスープに浸すと、それだけで贅沢へと早変わりする。

「ひるふぃあ、ほれふあいほぉ」

「何言ってるかなんとなく分かるのが凄いわね、貴方。褒めてくれてありがとね」

 シルヴィアにとっては必要にかられて始めた料理だった。自分で食べるのは勿論、商売の旅の中で護衛に振る舞うことが求められるのだ。今でこそギルドが力を持ち冒険者の質が上がってきているが、少し前まで乱暴な冒険者は後をたたなかったのだ。護衛として雇った武力が自らに向くことの無いよう、気を配ることが重要であった。接待、と言ってもそう間違ってはないだろう。

 シルヴィアは、「正面から料理を褒められたのは初めてかも知れないわね」と小さく呟いた。なんだか気恥ずかしくなってタダカツから目をそらす。

 一方タダカツはチーズを今にも頬張ろうとしている。シルヴィアはすかさず声をかけた。

「ちょっと待って。それはベーコンと一緒に食べるの。ちょっとクセが強いけど、これぐらいが一番。オススメの食べ方だからやってみて」

 おずおずと言われた通りにしたタダカツは、口に中いっぱいに暴力的な旨さを感じた。ベーコンの熱さがチーズを溶かしつつ、口の中に広がっていく。旨さと美味さを掛けた結果、そこには味覚の暴力が生じたのだ。

「……むぅ。美味い」

 気に入ってくれるかしら、タダカツをじっと見つめる中こぼれ出た言葉に、シルヴィアは顔を緩ませる。

「よかったぁ、気に入ったのね。まだまだあるわよ。食べる?」

「おう。の飯はなんぼでも入りそうだの」

 焚き火の音はまだ続いていた。


「それで、ね。護衛の話は引き受けてくれるかしら」

 そう言って切り出したシルヴィアは、タダカツに目を合わせる。

「おう。己は主の護衛になる事にした。こっから、よろしく頼むの」

「えぇ。宜しくね、カッツ?」

 タダカツはシルヴィアをまじまじと見つめた。突然聞き覚えのない単語が耳に入って固まっている。

「……かっつ、とは何ぞ?」

「貴方よ」

「己?」

「そう」

「己は忠勝なんだが」

「……愛称ってやつよ。実はタダカツって結構言いづらいの。聞いたことのない響きだから、舌がもつれちゃって。だから、貴方をカッツと呼ぶわ。今さっき決めたの」

「では、己はをどう呼んだらいいかの」

「そのままがいいわ。シルヴィア。あ、言いづらかったりしたら言ってね?」

「問題なか。主はだ」

「ありがと。……でも答えになってない気がするわ」

「そうか?」

「そうよ」

「……むぅ」

「本当に不思議な人ね。戦ってる時はあんなに恐ろしかったのに、今は大きな子供そのものよ」

「己が童か。そうかもしれん。だが己は戦餓鬼だ。闘技場では闘いばっかしとった。己はそれしか知らん」

 タダカツは極自然にそう言った。あまりにも泰然としているので、シルヴィアは言葉に詰まった。

「さて、寝るかの。己が先に番をしとくから、後で起こす」

「私が先にやるわ。カッツには馬車を引っ張ってもらったもの。私より疲れてるはずよ」

「そいつを言うならも共に引いとった。なら女子おなごが先に寝る方が良か。親父も女子おなごが先と言うとった」

「……そう、分かった。気遣ってくれて、ありがと。眠くなったら直ぐに起こしてくれて構わないから、カッツも早く寝てね」

「おう。己は慣れとるから心配いらん」

「えぇ。なんなら一緒に寝る?カッツなら良いわよ?」

「番が居なくば困る。己は起きとる」

「冗談よ、冗談。……また後でね」

 飄々としたままシルヴィアは去って行った。かくして、シルヴィアは今後長く付き合う事となるパートナーを一本釣りしたのだった。


 パチパチと焚き火が燃える音だけが聞こえた。




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