タダカツ、突撃する
クレイドルは、冒険者ギルドの設立とともに急激な発展を遂げている最中である。「始まりの地」以降、魔獣の出現がそれ即ち恵みの存在を意味することが発覚し、人々は新たな都市を築こうと躍起になった。後に自らの生きる時代を「大冒険時代」と名付けることとなる彼らは、都市を築き上げる為に魔獣の攻略を盛んに行ったのだ。
それに伴い、開拓村、ひいては前線基地が整備され、冒険者達がそこに集まることで更に攻略の勢いを増すという好循環の最中にあった。人が集まれば、当然多種多様な需要がそこに生まれる。かくして商人達がこぞって集まるに至り、経済の循環が生まれることにより更なる拡張を遂げていた。
さて、そんな都市の一つであるエリアルへと向かって、仕入れた品を詰めた馬車を走らせる商人が一人。スラリと伸びたしなやかな体躯に、くすんだような金の髪が首元まで流れている。碧く鋭い瞳が周囲を見据えている。そして、胸元はどこか寂しかった。
馬を走らせつつ周囲への警戒を怠らぬ隙のない佇まいの彼女は、名をシルヴィアと言った。女だてらに自らの個人商会を切り盛りするシルヴィアは、大冒険時代を象徴する女傑である。
彼女は、今回の商売に確かな自信を持っていた。比較的近場に新たな恵みの存在を確認されたエリアルへと、穀物をはじめとする保存のきく各種食糧を売りつけに行くという手法は、個人商人らしい独立志向に強いものではある。しかし流れを見極める目は紛れもない本物であり、彼女の自信を裏付けるものだった。
また、確実に運ぶ為に費用を惜しまず護衛を雇ってもいた。その数は四人。彼らが懐に忍ばせるタグは、輝く銅色である。いずれも実力のある銅級冒険者であることから、今回の商売への意気込みを感じさせる。どれも間違いなく最善手であった。
この事実は彼女の商人としての才覚を示すものに他ならなかった。ただしどうしようもなく彼女には足りないものがあった。そう、運である。
このシルヴィアという女は、その寂しい胸元と同じく、不幸の星の元に生まれついていたのだ。
馬を駆るシルヴィアは、空気が変わったのを感じた。すぐさま馬車の中の護衛に声をかけ、周囲の異変に神経を尖らせた。
「……来たぞ!」
護衛の一人がすぐに反応し声をあげた。しかし殺気の類は感じられなかった為に、声を上げるにとどまった。その判断が誤りだと気づくのは一瞬後のことであった。
道の側に潜んでいた男が、弓矢を放ったのだ。その向かう先には馬とシルヴィアが居た。
「きゃあっ」
なんとか馬から飛び降りたシルヴィアだったが、取り残された馬に矢が直撃する。これでシルヴィア達は逃げようにも足を失った形となる。
同時にバラバラの装備の男達が馬車を囲んだ。その数は八人。手慣れた様子の彼らは、野盗の集団であった。都市間の物流の妨げとなる彼らの存在は、クレイドルにおいて深刻な問題となっていた。商人が移動する際に護衛を雇うのもこの為である。
「くそっ。やらせてたまるか!」
護衛の四人がすぐさま飛び出す。瞬く間に野盗二人を、使い慣れた様子の片手剣で切り倒した。冒険者となってから二年ほど経つ彼らは、護衛の仕事を得意とする優秀な男達ばかりであった。
だが、それ以上に相手は上手であり、巧妙でもあった。倒された仲間二人を尻目に、残った六人が組織立った動きで突っ込んで来たのだ。二人が後衛として弓矢で援護し、残り四人が短刀片手に波状攻撃を仕掛ける。息つく暇を与えぬ嵐のような攻撃の数々に、一人、また一人と冒険者達は倒れていった。
「畜生っ。こいつら、やけに手慣れてやがる!」
致命傷を避けるようになんとか時間を稼ぐ二人だったが、数的不利の最中において、そう長くは保たなかった。
気がつけば、護衛が全滅していた。彼らの顔には末期の苦しみと無念の表情が浮かんでいる。シルヴィアは、終わりが来たのを悟った。無感動な瞳で力尽きた護衛達の亡骸を見つめている。
「こんなところで終わるのが、私のさだめとはね。人生、ままならないものね」
最早状況は決した。女一人商人をやるにあたって、物騒な世の中を生き抜く為護身術を身につけていたシルヴィアだったが、そんなものでどうにかなる程自らの置かれた状況が甘くはないことを理解していた。
「はん、同情でも誘っているつもりか。その手には乗らん。我々は貴様の積荷の食糧を頂いていく。こちらも生活がかかっているのでな。容赦はしない。当然、貴様はここで死ぬのだ」
野盗団の一人が、威厳のある声でシルヴィアにそう告げた。本当はさっさと切って仕舞えばそれで終わりなのだが、目の前の女に気品と風格を感じたために、話もせずに終わらせるのは勿体無いと判断したのだ。
野盗としての技術こそ一線を画していても、こういう場面において気分で考えを変えたりする辺り、何処か流されやすいものがある。
かつては職についていたのかもしれないが、ズルズルと流されて来た結果盗賊稼業なんぞをやっているのだろう、といった事をシルヴィアは考えていた。
「えぇ、勿論分かっているわ。私は曲がりなりにも商人をやっているの。だから甘く見ないで頂戴。……それで、私を殺すのでしょう?出来れば、後腐れないよう楽に死なせてほしいわね」
当たり前のことを告げるかのように、シルヴィアの声には何ら揺らぐ所がない。
「ほう。女にしてはやけに物分かりがいいな。こういう時、大抵の女は惨めに喚き散らすものと相場が決まっているのだがな」
「貴方こそ、この後すぐ殺す女を相手に、悠長に会話なんてしていていいのかしら。本当は貴方なんぞに殺されてあげたくないのだけど、文句を言ったって仕方がないのよ、こっちも。だから、さっさと終わらせなさい」
貴方なんぞにを強調しつつ呆れたようにそう言うと、相手は憤慨した。
「では望み通りにしてやろう!」
振りかぶった短剣が、シルヴィアの首元に迫る。反射的に目を瞑ったシルヴィアは、死神の鎌が己の喉元を搔き切る瞬間をじっと待っていた。
おかしいわ、と目を瞑ったままでいるシルヴィアは心の中で呟いた。いつまでたっても己の首が飛ばないのである。
かたく瞑ったまま固まっている瞼を、四苦八苦しながらどうにか開くと、思いも寄らぬ光景が目に飛び込んで来た。
「えっ?……死んでる、の?」
目の前の男の胸元には、見たこともない意匠の短刀が突き刺さっていたのだ。しかも男が来ていた皮の鎧ごと地面に縫い付けんばかりで、短刀がどれだけの勢いで突っ込んで来たか想像もつかなかった。
すると突然大声が響く。
「そこのご婦人、ご無事かぁ!?」
天地をひっくり返さんばかりの大声だった。思わず声のした方に振り向く。そこには男がいた。こちらに早馬の如く突っ込んでくる。全身を包む鎧は、何もかもを飲み込むほどに黒い。短刀と似た、見たこともない意匠である。
そして、その体躯は壁のようにデカかった。
かくして、シルヴィアは近い将来冒険の日々を共に歩くこととなるパートナーと出会った。しかし、残念ながらこの時彼女はその事実を知らない。
ただ、「壁がすごい勢いで突っ込んで来た。……うわぁ」と彼女にしては妙にアホっぽい事を考えるので精一杯だったのである。
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