第5話 自己紹介とランチタイム

 どうしてもトラックの上と下では話しにくいので、近くに誰もいないこと、安全なことを何度も力説すること10分以上。ようやく男もトラックから降りて、一緒におやつを食べることになった。

 時間は13時を少し過ぎたくらいだ。美香も途中寄り道せずに歩いて来たから、昼ご飯を食べてない。

 リュックの中にはいつもここに来るときには必ず、食べられるものはいくつも入れている。まずはピンクと水色のチェックのレジャーシートを敷いて、その上にドサドサっとリュックの中身を出す。


「っつうか、レジャーシート……おばさんは異世界でピクニックなのか?」


「まあ!さっきからおばさんおばさんって……まだ30代なのに……高梨美香たかなし みか。30代よ。よろしくね」


 高梨美香誕生日を迎えて39歳。もちろんまだ30代だ。見た目30の男とは同年代と言えないこともないだろう。


「あ、ああ、高梨さんか。俺は上畑郁夫うえはた いくお、23歳だ。おばさんって言って悪かったな」


 ……少し年下だったようだ。

 上畑はレジャーシートの上に座ると落ち着かない様子でキョロキョロと辺りを見渡した。

 異世界と言っても極端に見た目が違う訳ではない。生えている草木は多少違っても気付くようなものではないし。ただ空の緑色だけがここが異世界だと教えてくれる。


「なあ、この荷物、やたら殺虫剤多くねえ?」


「上畑さんね。この辺、虫が多いから殺虫剤は必須よ」


 ふと、美香の目が遠くからふよふよと飛んでくる大きな蛾を捉えた。

 蝶型魔物リーフモスだ。林が近いからだろうか。


「ほら……ね」


 リーフモスは蝶型魔物の中では小型で、羽を広げた大きさは30センチくらいしかない。

 木々の多い場所では比較的よく目にする魔物で、鱗粉に弱い神経毒がある以外はさほどの脅威もない。

 美香はシュッと殺虫剤をスプレーして、何事もなかったかのように荷物の山からシリアルバーを取り出した。


「さあ、どれを食べる?チョコ味とか好きかしら」


「……虫……でかくねえ?」


「そうねえ。大きい虫が多いのよ。嫌だわ」


 要らないものと殺虫剤の缶をぽんぽんとリュックに戻して、美香はシリアルバーやお茶のペットボトルをさし出した。

 上畑は呆気に取られていたが、ペットボトルを見て喉が渇いていたのを思い出したらしく、嬉しそうにお茶に手を伸ばした。





「ところで、ねえ。ここの事だけど、何か扉のようなものをくぐってきた?」


「いや、扉とかは見てねえよ。俺はトラックに乗ってただけだし。なあ……ここって何なんだ?」


「ここは……ええっと、異世界?」


「やっぱり……俺たち、異世界に召還されたんだな。おば……高梨さんはリュック持ってて良かったな。俺にはトラックあるから。これってチートかな?一緒に頑張って帰り道探そうぜ」


 満腹になって少し落ち着いたらしい上畑郁夫23歳。

 口も滑らかになってきた。


「まさかトラックに乗ってるってだけで転生じゃないだろうな?俺、死んでないよな?高梨さんはいつからこの異世界にいるんだ?慣れてるみたいだけど、まだ菓子を持ってるってことは二日くらいか?そういやあ、ここ、大きなコウモリみたいなのやら、立って歩くトカゲやら、化け物がいるんだぜ。さっきの虫もでかかったし。トラックに居れば安全だろうけど。ガソリンいつまで持つかな。食料も手に入れなきゃならねえし。いや、まずは水だな!高梨さんは飲める水がある場所もう見つけたか?」


「……水はどうにか出来るけど。何から説明すればいいのか……」


「まずは水だな。塩も大切らしいぜ!寝泊まりはトラックでいいから、後は食料だな」


「うん。そうね。でも、早く家に帰った方が良いと思うのよ」


 だんだん面倒になってきたらしい。美香がぶっちゃけた。


「帰……れるのかよ?」


「ええ。ただ……上畑さんの場合、トラック持って帰らないといけないわよねえ」


「あ、ああ、けど最悪身一つでも、帰れるならいい!」


「でも、お仕事困らない?」


「そりゃあ困るけどよ」


「私、ひとつ考えたことがあるのよ」


 美香は笑いながら、さっきレジャーシートを敷いたときに地面に見つけたものを、上畑の目の前で振ってみせた。それは茶色っぽいリボンのついた鍵だった。


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