第9話 鹿野の事情
異世界の地で出会ったオークこと、スーパーの常連客である鹿野。
右手には虫取り網を、左手には鳥かごを持っている。100キロは越えているんじゃないかと思う見事な肥満体だ。
美香は見間違いようもないその巨体に、驚きながらも恐れることなく近寄っていった。
「こんなところで何してるの、鹿野くん。今日はお母さんと一緒じゃないの?」
「お、お、俺だっていつまでも子どもじゃないですから。もう高校生なんですから!」
「高校生が火曜日に、こんなところで何をしてるのかな?」
「……やべえ」
巨体を小さく丸めて目をそらす鹿野。
鹿野は小学校のPTAで知り合った美香の友人の息子である。家からは少し離れた団地に住んでいるのだが、最近高校生活がうまくいっていないらしく、学校を休みがちだと聞いて心配していた。
休みの日にはお母さんと一緒に買い物をして、荷物を持ってあげる優しい子なのだ。
美香とは鹿野の家でも何度か顔を合わせている。と言っても、挨拶するくらいで、今までゆっくり話したことはなかったけれど。
「鹿野くんがここで暴れるからって、おばちゃんが呼び出されたんだけど、本当なの?」
「呼び出され……暴れるって何ですか?お、俺はここに天使を……あああああ、おばちゃん、危ない!」
突然鹿野が美香の後ろに回り込み、鳥かごを投げ捨てて虫取り網を両手で持って構えた。
その視線の先にはズーラとガットがいる。
「で、出たな大トカゲ!おばちゃん、俺の後ろに隠れてて!」
「え、あら……まあ!鹿野くん、ちょっと待って!」
「こいつらは俺がここで食い止めるから。おばちゃんはそこの扉から、向こうの世界に逃げるんだ!」
虫取り網を持つ手にぐっと力を入れる鹿野。
美香は慌てて手に持っていたレーキで虫取り網を抑え込んで、叫んだ。
「いいから、ちょっと待ちなさいっ!」
美香に抑えられて呆気に取られている鹿野。慌てて近寄ってこようとするズーラとガットにも声を掛け、少し離れたところで待っていてもらう。
その後、美香は鹿野から虫取り網を取りあげた。
「さあ、これは置いて。話をしましょうか」
まずは鹿野の状況と美香の事情をお互いに知る必要があった。
鹿野がこの世界に初めて来たのは、2日前の事だった。日曜日の昼前、おやつでも買おうとコンビニへ出かけた帰り道、ふと普段は見向きもしないさびれた神社が目に入った。
最近学校では思ったほど成績も上がらず低迷気味、入学して1年近くたつけれど休日に会う友達もいない。気が重く行きたくない時は、頭が痛いとか微熱があるとか言って休むことを覚えた。
しかし自分でも逃げるのが良い事とは思っていない。どうにかして学校に行かなければ……それがまたプレッシャーだった。
神社の鳥居をくぐって賽銭箱に財布の中から一円玉を数枚取り出して投げ込んだ。そして目を閉じて手を合わせる。
「とりあえず、えっと、成績が上がりますように」
目を開くとふと、賽銭箱の横に赤いリボンのついた小さな鍵が落ちているのを見つけた。
それを拾って、どうしよう……と辺りを見回す鹿野の目に、賽銭箱の向こうにある小さな
その社には格子の扉がつけられていて、鍵穴があった。
「ここの鍵かな?」
ふと、中がどうなっているのかという興味もあって、拾った鍵を差し込んでまわすと、カチャっという音と共に扉があく。
その向こうには何も収められていないどころか、社の中とは思えない空間が広がっていた。木々の間から光が差し込み、鹿野の顔を照らした。
「……異世界だ」
小説の中にしかないと思っていた、非現実的な光景が今、鹿野の前に広がる。
夢にも見たことがない
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます