第10話 天使たん

 やしろの扉は狭く、巨漢の鹿野には通るのも大変だったが、どうにかこちらの世界に来る事ができた。念のため振り返って確認したところ、形は違えど木の幹に社と同じサイズの扉があった。

 試しに開けるとさっきまで居た社の鳥居も見える。


 鹿野はポケットに鍵を入れて、異世界へと足を踏み出した。


「なるほど。でもどうして異世界だってわかったの?あ、ちょっと手を出して」


 美香は鹿野のぷっくりした右手を掴むと、ダダを呼んだ。

 木の上から様子を見ていたダダが、小石のような翻訳の魔道具を持って飛んでくる。


「ああああああ、天使たん!」


 奇声を発した鹿野に、びくっとしてダダが逃げた。美香は鹿野の手を押さえたまま、動かないように言い聞かせる。そしてもう一度ダダを呼んで、言葉が通じるように魔道具を鹿野の手に乗せてもらった。


「さあ、これで言葉も分かるでしょう。天使たんって?」


「今、今、ここに羽の生えた天使がいるじゃないですか!」


 勢いよく指さして叫ぶので、ダダはまた少し後ずさる。

 美香は鳥かごと虫取り網を見て、頷いた。


「分かったわ。ここで鳥族を見て、捕まえようと思ったのね」


 今度は美香が、この世界の話をする順番だ。

 美香のこれまでの事をざっと話して、ここの人類の説明をしてからズーラをガットを呼んで鹿野に向かい合わせた。

「えー、鹿野くんです。私と同じ人間よ。こちら、リザードマンのズーラ、女の子なのよ。コボルトのガット。可愛いわよね、男の子だけど。鳥族のダダ。男の子よ」


「ズーラです。こんにちは、美香のお友達。オークの……いや、オーガなのでしょうか」


「……」


「ガットだ」


「ダダです。よろしくお願いします」


「天使たんが喋った……男……」


 鹿野はガックリと地面に膝をついて、複雑な顔でダダを見つめた。


 そもそも鹿野が、ここを異世界だと確信を持ったのは、鳥族を見たからだ。

 この村はおよそ半数が鳥族、半数が妖精族で、一家族だけがリザードマンだった。最初に鳥族を見たとき、あまりの美しさに捕まえて家に連れて帰ろうとおもった。その時追いかけまわしたせいで、この村の多くの家が壊され、畑が荒らされた。

 鳥族の少女を助けようとしたリザードマンの男を見て、鳥族を襲う怪獣が現れたと思った鹿野。とっさにその辺に落ちている棒を拾って振り回し、見事オオトカゲを撃退する事ができた。


「と言う訳で、鹿野くんは勘違いでこの村の人を襲って、家と畑をたくさん壊したわけね」


「知らなかったから……」


「知らなかったけど、知った今はどう思う?」


「……


 ごめんなさい」


 シュンと下を向き、どんどん小さくなってしまいそうな鹿野。美香は子どもを慰めるように背中を撫でた。


「でも、死んだ人がいなかったのは良かったわ。私も一緒に謝ってあげるから、村の人達に会いましょうか」


 実際には、美香の方がオーガと呼ばれ、ダンジョンの底ではこの世界の冒険者たちを襲っていたのだが、そこは棚に上げておくことにした。

 鹿野はその場に座り込んで、何度も頷いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る