第8話 オークさん

 村に向かって歩きながら、以前見た魔物図鑑のオークの説明を思い出してみた。


 オーク

 身体を厚い脂肪で覆った巨体をもつ。力が強く、基本的には走るのは遅い。

 上半身が裸の事がある。低い姿勢で突進してくるときには、速くなり危険である。

 オーガの進化した種族という説もあるが、体型や動き方に差異は大きく、別種族であるという説も根強い。

 レアな魔物であり、記録に残っている一番最近の出現は100年以上前である。



「オークって、私に似てる?」


「今回の報告書で見たところですが……似ているといえば、背の高さなどは同じくらいということです。昔の記録と違って服は着ていました。それ以外の特徴は分かりません。皆、恐怖で逃げ惑っていましたので」


「翻訳の魔道具は用意しているのよね」


「ええ、それはいつも持っています。もし美香と同族だった場合は話が通じるかもしれません」


 もし人間ではなくて、美香と同じくらいの大きさの魔物か動物だったら……危ないわね。

 殺虫剤は効くかしら。まあ、試してみるしかないわ。

 そんなことを思いつつ、歩き続けた。


 二時間ほどで着いたその村は、今は住人が避難して無人だ。

 小さい村で、住人は50人くらいだったそうだ。

 妖精族と鳥族が殆どで、一家族だけリザードマンも住んでいた。

 周りを囲む塀などはなく、村の家々は、自然に同化するように、木の上に作られたり土を掘って作られていたり。どれも素朴な可愛い家である。

 ダダが美香の肩から飛んで、上の方の枝にも残った人がいないか、確認しに行った。


 美香もよく見ると低い位置にある家のいくつもが、無残に穴を開けられ、壁を引き剥がされている。

 ふと足元を見ると、元は畑だったらしい場所が踏み荒らされ、大きな靴跡があった。


「これはきっと、犯人の靴跡ね!……私には調べようもないわねえ。普通のスニーカーの靴跡に見えるわ。すごく大きいけれど」


 23センチの美香の靴と比べれば、長さも幅もひとまわり大きくて、パッと見るとまるで巨人の足跡のように思えるが、実際は10センチも差はなのでまあ、普通の男性の靴跡なのだろう。少なくとも動物という事はない。


「こうしてみるとずいぶん大きさが違って、面白いわね」


 大きな足跡の隣に自分の足跡を並べてつけて、特に意味もなくスマホで写真を撮ってみた。絵面が面白かったので。決して証拠の保存とか、そういう意味ではない。



 そんな風にのんびりと美香が現場を観察していると、ガットから呼ばれた。


「美香!これはドーアではないだろうか」


 ガットが樹齢何千年だろうと思う程大きな木の前に立って呼んでいる。その木の根元には空洞があるのだろう。幹に美香の胸くらいまでの高さのドアが付いている。

 誰かが家か倉庫として使っていたのだろう。

 その扉の前には他よりもたくさん、大きな靴跡が残っている。


 試しに美香が緑色のリボンが付いた鍵をさして回してみると、カチャっと音がしてドアが開いた。その向こうには、見慣れたヒマワリマートの第4倉庫が見える。


「小さいけれど、これ、ドーアだわ」


 確認だけして、そのままドアを閉じた。

 ギルドの記録にもないので、今まではドーアとして知られていなかったものだ。


「やはり。ではここからオークが出てくるのだろう」


「きっとそうね」


 どんな人が現れるか分からないから、隠れて見張っておこう。そう相談して、4人は少し離れた木の影に身をひそめた。


 そして小声で喋るのにも飽きてき始めた頃、ようやくその扉が開いた。

 中から膝をついて這い出てくる、美香の倍はあろうかという大きな身体。間違いなく人間だ。

 ボサボサの髪の毛に丸い眼鏡をかけて、白っぽくなったジーンズとチェックのシャツを着ている。体重はきっと100キロを超えていて、ドアからこちらに出てくるのも大変そうだ。


「ふふ、ふふふふ。今日こそ、天使タンを捕まえてみせるぜ。ああ、俺の天使タン!」


 そう言ってニヤニヤ笑いながら立ち上がった。手には丸い鳥かごを持っている。

 立ち上がったその男を見て、美香は思わず木の影から飛び出して声を上げた。


鹿野かのくんじゃないの!こんなところで何してるの?」


「え?……おばさん誰?…………え?あ!あれ?もしかしてスーパーのおばさん?」


 村を荒らしていたオークは、美香もよく知っているヒマワリマートのお客さんだった。

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