第16話 「背広なひとびと」
注意深い方なら、病院や診療所にいる、ちょっと変わった人々に、気づいておられるかもしれません(注1)。
彼らは、だいたいいつもリクルート・スーツ姿です。若い男性が多いですが、時には女性や年配の方もまじっています。黒いビジネス・バッグやタブレットを持ち、待合の片隅に坐っているか、病院のホールの壁際か柱の陰に、患者さまやスタッフの邪魔にならないよう佇んでいます。
通勤途中のサラリーマンが、体調不良で診察を受けに来た? いいえ、違います。
彼らは製薬会社の社員、「
MR:Medical Representative 医薬情報担当者、と言います(注2)。
病院の薬剤師ではありません。製薬会社に所属し、自社製品の医薬品に関する情報を、医師をはじめとする医療従事者に提供する一方、副作用に関する情報を集め、自社にフィードバックするのが仕事です。
特に新薬に関しては、作用機序の説明や、効果と副作用、他の薬品との相互作用などについて、論文を提供したり説明会を開いたりして、積極的にアピールします。
ですので、いわゆる営業(セールス)とみなされる場合もあります。
医師は診療に忙しいですから、外来診察、検査や手術に入る前、昼休憩などの隙間時間に、何とか話を聴いてもらおうと、MRさんたちは待ち構えています。余裕があれば、話好きな医師なら足を止めてくれますが、中には
気難しい医師たちの興味を惹こうと、製薬会社側はさまざまな工夫をしています。説明会や著明な教授の講演会を開催するほか、販売促進用のグッズを配ります。
販売促進用グッズ。
病院で用いられる医薬品は、医師の処方がなければ使えません。処方してもらうには、とにかく製品の名前を憶えてもらわなくてはいけない。――というわけで、薬品名をプリントした各種グッズが配られます。
二色・三色のボールペン、ラインマーカー、付箋、クリアファイル、メモ帳やレポート用紙、ペンケース、消しゴム、テープ糊、修正テープ、カレンダー……これらは、かなり大量に配られています。
扇子、ペンライト、目覚まし時計、ウエットティッシュ、はさみ、マウスパッド、マグネット……これらも、まあ多い方ですね。
マグカップ、ブランケット、当直用グッズ(歯磨きセット、シャンプーとリンス、タオル)、宣伝したい薬品について書かれている医学書……この辺りになると値段も上がり、力が入っているなと感じます。
全てに、薬や製薬会社の名前がプリントされています。
こうしたグッズは、病院全体で使われるので、医療従事者には「もう何年も、自分でボールペンなんて買っていないよ」という人が多いです。
胃薬や降圧薬、抗生物質、喘息の薬、糖尿病の薬、脳梗塞の治療薬、抗認知症薬、睡眠薬……ときには男性の勃起障害の治療薬の名称が、堂々とプリントされていますが、みんな抵抗感なく使用しています。
小児科を意識しているのか、製薬会社のオリジナル・キャラクターが描かれているものもあります。大○製薬のムコサル(猿)、協和発○キリンのコアラなどは、とても可愛らしく、看護師さんたち(と、そのご家族)に人気です。
MRさんたち、医師の相手だけでも苦労しているのに、転勤の多い仕事です。
「今度担当になりました。よろしくお願いします」と挨拶を交わし、気が合って話すことも増えた一年後、二年後。突然「異動になりました。次の担当者はこちらです」と、後任の紹介に来られます。
中国地方から東北へ、関東から九州へと、移動距離もなかなか遠く、大変だなあ、と感じます。
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(注1)病院や診療所(クリニック、医院)
そういえば、この二つの違いって、意外に知られていないんですよね。実は『医療法』という法律で決められています。
①規模の違い。建物の大きさではなく、入院できるベッドの数です。病院は20床以上、診療所は19床以下です。
②スタッフの違い。病院であるためには、医師三人以上、看護師は患者三人に対し一人、薬剤師一人以上が必要です。診療所は、特に規定はないようです。
③初診料。2016年の診療報酬改定では、病院も診療所も一律2820円となりました(保険適用前。以前は診療所の方が190円高かった)。しかし、特定機能病院や500床以上ある地域支援病院へ紹介状なしで受診すると、初診料に追加して5000円以上の「特別料金」をとられます。これは、大病院への患者集中を避けるために、国が徴収を義務付けた料金です。200床以上500床未満の病院でも、「特別料金」が追加されることがあります。
「特別料金」は保険適応されない自費ですので、まずはお近くの診療所を受診し、より高度な検査や治療が必要になった場合には、紹介状を書いてもらって大きな病院を受診されるよう、お勧めします。
(注2)医薬情報担当者
製薬会社の社員ですが、実は半数が文系学部の出身者です。対人スキルを買われるのでしょう。薬品の開発や作用機序に関する説明をしていると、医師や薬剤師から容赦のない質問を浴びせられるので、けっこう大変と思います。業界は「MR認定試験」という自主資格試験を設け、彼らの医療知識の向上に努めています。
(注3)
一応、手書き出来るんですよ。でも、ウットウシイですね。
(注4)
歴史小説などで見かける言いまわしですが、自分で使ったことはありませんでした。蛇と
それほど酷いわけではありませんが、MRさんの中には、話を聴いて貰おうと必死になるあまり、休憩中の無防備な医師に背後からひたひた駆け寄って声をかけたり(跳び上がるほど驚きます)、手術や回診のために急いでいる医師の進路を遮ったりする人がいます。そういう人は、(どんな職であれ)嫌われるんじゃないでしょうか。
そうか~、こういう時に使うんだ。
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