第7話 「類は友を呼ぶ」
日本の医師は、自由標ぼう制です。
――いきなり何を言っているんだ? と思われるでしょうが。要するに「昨日まで小児科だと言っていた医師が、明日から整形外科医を名乗ってもよろしい」ということです。科は、自由に決めていいのです(注1)。学位や専門医は、そうではありません。
どうしてこういう制度になっているかと言いますと、大学六年間の医学教育で、すべての科を習得するからです。国家試験は、その知識が一定水準に達していることを保証するためのもの。その合格者だけが「医師」を名乗り、自分の専攻とする科を選んで決めるわけです。
麻酔科医も整形外科医も、産婦人科医も眼科医も、お互いに基本となる知識を共有しています。ですから、科が違っても話を合わせることが出来るのです。
仰々しい前置きでしたが、今回は、この「自分の科を選ぶ」ところで、個人の好みや性格が反映されるよね~。類は友を呼んでるね~、という話です。
私ではなく、ある精神科の先輩が、休憩中に言い出しました。そうかな?と、場に居合わせた一同は考え……まあ、あてはまるところもあるかなあ、と思った次第です。
***
例えば、整形外科医。
患者さまに若くて元気な人(骨折患者)が多いせいか、医師たちも若く、スポーツマンタイプな方が多い印象です。仕事は大工のよう。骨の長さや角度を測ったり、
外科医は、チームで手術に入ることが多いせいか、仲良し体育会系な雰囲気を漂わせています。上下関係も厳しい。フレンドリーで話好きな方が多いかな? 手術記録を書くためか、実は絵が上手な方が多いです。臓器の絵、ですが……(注2)。
やるべき時はやる(切る)、その結果には責任を負う。
精神科医は、先輩がご自身で仰るには、「なんか、ぽわ~んとしている」そうです。学会とかに行くと、集団で動いている。でも、外科医ほど上下関係は厳しくない。意外と大雑把。何があろうと「自分はまとも」だと信じている……。え、そう?
私が拝見するに、脳外科医には特殊な才能が必要と感じます。
かの科は、顕微鏡下で手術を行います。医師が独りで患者さまに麻酔をかけ、独りで手術室に入り、顕微鏡にくっついて、頭蓋骨に開けた数ミリメートルの穴から脳を覗き、黙々と手術を行うのです。
クモ膜下出血の手術なんて、八〜十時間くらいかかることはざらです。その間、外から手術室モニターを眺めても、本当に動きがありません……黙々とやっている……たまに立ち上がって背筋を伸ばし、また座って始める……。あ、看護師さんが入って来た……患者さまの様子を伺い、器具を用意して、出て行きます。医師が独りで手術を続けます……。顕微鏡の方のモニターを眺めても、血管や神経が大映しになって、ピンセットの先がちまちま動いているだけで、何が行われているのかよく判りません。そういうのが、延々と八時間――
脳外科医を十年間務めた先輩に、ある日突然「こんな狭い術野(注3)でやっていられるか!」と叫び、皮膚科へ転向した方がいます。皮膚科は確かに、脳外科に比べれば、かなり広いですね。全身ですから。まあその……気持ちは解るなあ、と思いました。
***
医学部は、一校当たり、毎年百人前後が卒業して医師になります。彼らはそれぞれ自分の科を選びますので、人数の多い科(=人気のある科)、少ない科(=人気のない科)が出来ます。患者さんを診療する臨床分野だけでなく、研究(基礎医学)分野へ進む方もいますので、お国が医学部の入学定員を増やすよう働きかけても、各科で増える人数は、大したことがないわけです。
少ない科はいつまで経っても少なく、医師不足は解消されないじゃないか。とのご批判を頂きそうですが、こればかりは、向き不向きがありますね……(注4)。
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(注1)科は、自由に決めてよい
ついでに、同時に複数の科を名乗ることもOKです。開業医さんの看板に、時々書いてありますよね。「小児科、内科、アレルギー科」とかって。この場合、ここの先生の専門は小児科だと考えて下さい。だいたい、自分が最も得意としている科を最初に書いています。
(注2)実は絵が上手
『ブラック・ジャック』や『火の鳥』シリーズでお馴染みの手塚治虫先生は、大阪大学出身の外科医でした。作品中、詳細な臓器の絵を描いておられます。先生は子どもの頃から絵が上手かったので、外科医が全員そのレベルというわけではありません。でも、どこがどうなっているのかを「伝える」絵は、皆さん、大変上手です。
(注3)術野
外科系診療科の用語で、手術を行う部分のこと。これ以外の体の部分は覆って、観えないようにしています。外科なら数センチ~十数センチメートルですが、脳外科は数ミリメートルの穴を顕微鏡で覗くのです。
(注4)向き不向きがある
iPS細胞の研究でノーベル賞を受賞された山中伸弥先生が、整形外科を専攻していたけれど、ものすごく手術が下手だった、というのは有名な話……。
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