第8話 「学会はマニアの集まり」


 学会というところは、別に医療関係でなくとも、マニアの集まりです。

 生活に直結する仕事であろうと、趣味であろうと……要するに、マニアックな知識を持ちより、互いに切磋琢磨したいと望む人々が集まるところです。と、書くと、なんだかカッコイイ気がしますね。気がするだけですが。

 医療業界にも無数の学会がありまして……挙げているとキリがないので割愛しますが。今日は、リハビリテーション学会についてご紹介します。


 リハビリテーション学会。

 読んで字のごとく、リハビリテーションに関わる人々が所属する学会です。かなり幅広い職種の人が集まっています。

 リハビリテーション科医、理学療法士、作業療法士、言語療法士。内科系では循環器科(心臓疾患のリハビリテーションに関わります)、腎臓内科(透析に関係)、呼吸器内科(喘息や慢性の肺疾患、人工呼吸器管理などに関係)、神経内科(脳梗塞や認知症、神経難病に関係)、神経小児科(脳性麻痺、筋ジストロフィー症などに関係)など。外科系は整形外科(骨折や脊髄損傷、リウマチなどに関係)、脳神経外科(脳卒中、高次脳機能障害などに関係)、耳鼻咽喉科(嚥下や言語のリハビリテーションに関係)、腫瘍外科(乳癌手術前後や、転移癌に関係)など……。

 最近は、ロボットやBrain Machine Interface (BMI:ブレーン・マシーン・インターフェース)などの関係で、工学部系技術者の方も参加しています。


 多くの学会は、会員から年会費を徴収して、運営を行います。年に一~二回全国大会を行い、それとは別に地方会というものも開催しています。会員が、日頃の研究成果を口演やポスター、論文で発表する他、教育講演や特別講演を行い、勉強に努めています。はい。



 ある年の、リハビリテーション学会の全国大会のこと。

 予約していた教育講演を聴くため会場に入った私は、前方のスクリーンに映し出されている映像に目を瞠りました。


 ゾウ?


 ――象です。動物の、エレファントの象です。それが、クレーンで宙吊りになっている写真です。ええと、これって人間のリハビリテーションの学会ですよね……?

 講演者は、東大の某動物学の教授です。国立科学博物館の骨格標本の監修も行っているエライ方です。学会が招待しました。三百席くらいある会場は、予約の参加者でほぼ満席です。

 教授は、慣れたご様子で話しておられました。


「動物園から連絡を頂いて、死んだゾウを受け取りに行きました。大学の研究室に持ち帰り、骨格標本にするためです」

 たくさんの釜? らしき物が並んでいる研究室の写真が映ります。

「シカやキツネ程度の大きさのものなら、ここにある釜に入るからいいんです。内臓をとってぐつぐつ煮て、筋肉や神経を骨から外します。ええ~、かなり強烈なニオイがいたします。

 キリンやゾウは、さすがにこの釜に入らないので、関節のところで切断して処理します。百円ショップで売っている一番大きな洗濯ネットがいいんですよ。あれに入れてね……農学部と交渉して、畑の一部に埋めさせて貰います」

 パワーショベルで畑を掘りかえしている映像が映ります。

「この穴に、洗濯ネットに入れたゾウの体を埋めます。一年経つと、きれいに微生物に分解されて出てきます(注1)。このときに、百円ネットが威力を発揮するんですよ。足の指の骨とかの細かいものが、バラバラにならずに済みます。いやあ、いいですよ、洗濯ネット(注2)」

 それからずっと、ゾウの骨格標本の作り方について、熱心な講義が続きます。繰り返しますが、人間のリハビリテーションの学会です。


 約一時間の講演が終わり、座長が「せっかくの機会ですので、どなたか質問はありませんか?」と呼びかけ……どうなるんだろうと思っていたら、ある整形外科のドクターが手を挙げました。

「貴重なお話を、ありがとうございました。あの、ヒトでは大殿筋と中殿筋は、大腿骨の……(中略)……となっているんですが。ゾウだとどうなんでしょう? 是非、ご教授いただきたく――」

 さすが、骨マニア(注3)。ヒトとゾウの骨格の違いについても極めようという気満々です。

 教授も、なんだか嬉しそうです。

「私でも答えられそうな質問をして下さり、ありがとうございます。直立二足歩行をするヒトとは違い、ゾウの中殿筋は――(以下、略)」



 次の講演の教授が、演台に立ちました。にっこりと微笑んで、

「皆さん、こんにちは。私は北海道出身でして、家の裏庭から旧石器時代の鏃などが出土する土地で育ちました。考古学者になるか医者になるかで迷ったんですが、どうせなら両方になってやれ、と……(中略)。それでは、今日の講演は、化石人骨ルーシー(注4)が罹患していた脊椎骨疾患について――」


 マニアの、マニアによる、マニアのための祭典は、さらに続きます……。




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(注1)きれいに微生物に分解されて

 有機物(皮膚や筋肉や神経)が分解されて畑の肥料となり、骨も得られる。ウィンウィンな関係ですね。


(注2)百円ショップの洗濯ネット

 百円ショップ『ダイソー』の洗濯ネットは、丈夫でよいですよ。私も愛用しています。でも、一番大きなサイズは、百円では売っていなかったような……(三百円です)。


(注3)骨マニア

 整形外科医は骨マニア、理学療法士は筋肉マニア、というのは業界の定説です(違います)。


(注4)化石人骨ルーシー

 1974年、エチオピア東部で発見された約300万年前の化石人骨。アウストラロピテクス・アファレンシス(アファール猿人)の一つで、全身の約40%の骨が発見されています。類人猿に近い脳容量を持ち、直立二足歩行を行っていました。国際アファール調査隊が発見し、当時流行していたビートルズの曲にちなんでルーシー(Lucy)と名付けました。



 勿論、ちゃんと、生きた人間のリハビリテーションの勉強もしています、よ……(説得力がないなあ)。


 

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